ライフサイエンス新着論文レビュー

統合的ストレス応答を阻害する低分子化合物ISRIBは翻訳開始因子eIF2Bを標的にする

関根悠介・David Ron
(英国Cambridge大学Cambridge Institute for Medical Research)
email:関根悠介
DOI: 10.7875/first.author.2015.052

Mutations in a translation initiation factor identify the target of a memory-enhancing compound.
Yusuke Sekine, Alisa Zyryanova, Ana Crespillo-Casado, Peter M. Fischer, Heather P. Harding, David Ron
Science, 348, 1027-1030 (2015)




要 約


 翻訳開始因子eIF2のαサブユニットのリン酸化を介した翻訳の制御は,さまざまなストレスに対し共通に惹起されることから統合的ストレス応答とよばれる.統合的ストレス応答は免疫応答,小胞体ストレス応答,さらには,記憶の形成など多様な生理的な局面に関与する.低分子化合物ISRIBは細胞や動物の個体において統合的ストレス応答を阻害するが,その作用機構は不明であった.筆者らは,ISRIBに対し非感受性を示す変異細胞株を単離することによりISRIBの標的となるタンパク質の同定を試みた.その結果,ISRIBに非感受性の変異細胞株において,eIF2のグアニンヌクレオチド交換因子であるeIF2Bのδサブユニットの近接した領域に複数のミスセンス変異を同定した.CRISPR-Cas9法によるゲノム編集によりこれらの変異を野生型の細胞に導入したところ,ISRIBに対する非感受性が再現された.よって,ISRIBはeIF2Bを標的として統合的ストレス応答を阻害することが示唆された.

はじめに


 翻訳開始因子eIF2はα,β,γの3つのサブユニットからなる三量体Gタンパク質である.eIF2はグアニンヌクレオチド交換因子(guanine nucleotide exchange factor:GEF)であるeIF2BによりGDP結合型からGTP結合型へと変換されることで開始メチオニンtRNAおよびリボソーム40Sサブユニットと複合体を形成し翻訳の起点になる(図1).細胞にさまざまなストレスが負荷されると,eIF2のαサブユニット(eIF2α)のリン酸化が起こる.哺乳類にはPERK,GCN2PKR,HRIの4つのeIF2αキナーゼが存在し,それぞれが異なるストレスにより活性化されeIF2αのSer51をリン酸化する.PERKは小胞体ストレス,GCN2はアミノ酸飢餓,PKRはウイルス応答,HRIはヘム鉄の欠乏により,おもに活性化されることが知られている.リン酸化されたeIF2αはeIF2Bの基質から阻害タンパク質へと転じ,eIF2BGEFとしての機能を抑制する.その結果,GTP結合型のeIF2が減少することにより翻訳の全般的な抑制が起こる.ストレスにさらされた細胞は翻訳にブレーキをかけることにより細胞への負荷を減らしていると考えられる.この翻訳抑制の状態は,一方で,いくつかのタンパク質の選択的な翻訳を誘導する.転写因子ATF4はこの制御により翻訳が促進され,ストレスに適応するための遺伝子の発現を誘導する.このようなeIF2αのリン酸化を介した一連の翻訳制御は,eIF2αキナーゼを活性化するさまざまなストレスにより共通に惹起されることから統合的ストレス応答(integrated stress response:ISR)とよばれている1)図1).統合的ストレス応答は,たとえば,膵β細胞におけるPERKによるインスリンの産生制御や,赤血球におけるHRIによるヘム鉄に依存的なグロブリンの翻訳制御,さらには,免疫応答や記憶の形成にいたるまで,生体のさまざまな局面において非常に重要である.



 近年,この統合的ストレス応答を阻害する低分子化合物のスクリーニングから,新規の低分子化合物ISRIBが同定された2).培養細胞において,ISRIBはeIF2αのリン酸化に依存した翻訳制御を抑制した.おもしろいことに,ISRIBはeIF2αのリン酸化は阻害しなかったことから,eIF2αキナーゼの阻害剤ではなくその下流のeIF2eIF2Bとの相互作用を標的とすることが推察されたが,その詳細な作用機序は不明であった.そこで,筆者らは,培養細胞を用いた遺伝学的な手法によりISRIBの標的となるタンパク質の同定を試みた.

1.eIF2Bのδサブユニットのミスセンス変異によりISRIBに対し非感受性になる


 ISRIBの標的となるタンパク質を同定するため,ISRIBに対し非感受性を示す変異細胞株のスクリーニング系を確立した.培養細胞において統合的ストレス応答をモニターするため,ATF4により発現の誘導されるCHOP遺伝子のプロモーター領域とGFP遺伝子を組み合わせたレポーター遺伝子を用いた3).このレポーター遺伝子を組み込んだCHO細胞にヒスチジノールを処理してGCN2を活性化させるとレポーター遺伝子の発現が誘導される.このヒスチジノールに依存的なレポーター遺伝子の発現はISRIBを同時に処理することによりほぼ完全に抑制された.この系をISRIBの効果をみる細胞系として以下のスクリーニングに用いた.ISRIBに非感受性を示す細胞株を単離するため,レポーター遺伝子を組み込んだCHO細胞のゲノムDNAにエチルメタンスルホン酸などの化学変異剤によりランダムに変異を導入した.これらの細胞にヒスチジノールおよびISRIBを処理し,本来なら発現の抑制されるべきレポーター遺伝子の発現が誘導されている細胞,すなわち,ISRIBに対し非感受性になった細胞をセルソーターにより回収した.この選別を数回くり返したのち,ISRIBに非感受性になった複数の細胞株を単離した.
 ISRIBの標的となるタンパク質の候補としてeIF2およびeIF2Bが考えられたことから,ISRIBに非感受性になった細胞株においてeIF2を構成するサブユニットあるいはeIF2Bを構成するサブユニットをコードするmRNAの塩基配列を確認した.eIF2Bはリン酸化eIF2αとの相互作用に重要な3つの制御サブユニットα,β,δとGEF活性を担う2つの触媒サブユニットγ,εからなる複合体である.塩基配列の決定の結果,ISRIBに非感受性になった多くの細胞株においてeIF2Bの制御サブユニットのひとつであるδサブユニット(eIF2Bδ)にミスセンス変異の生じていることが明らかにされた.さらに,その変異の部位はeIF2BδのN末端側の一部の領域に集中していた(図2).δサブユニットのC末端側の領域は3つの制御サブユニットのあいだでよく保存されているが,変異のみつかったのはδサブユニットのみがもつN末端側の領域であった.これらの結果は,eIF2Bδに見い出された変異がISRIBの標的となる部位であることを強く示唆した.しかし,変異原を用いたランダムな変異の導入では,ほかのゲノム領域における変異がISRIBの感受性に影響している可能性を排除できない.そこで,CRISPR-Cas9法を用いたゲノム編集により,eIF2Bδのミスセンス変異のみをレポーター遺伝子を組み込んだ野生型のCHO細胞に導入した.その結果,eIF2BδのLeu180あるいはArg171にミスセンス変異を導入した細胞はISRIBに対する非感受性を再現した.よって,eIF2Bδにおけるこれらの点変異はISRIBに非感受性になるのに十分であることが示された.




2.ISRIBはeIF2BGEF活性を亢進させる


 ISRIBはeIF2Bを標的にしてどのように統合的ストレス応答を阻害しているのかを明らかにするため,eIF2BGEF活性のin vitroにおけるアッセイ系を確立した.eIF2BGEF活性のアッセイ系として,3Hにより標識したGDPを付加したeIF2を基質としてそのeIF2からの解離をモニターする系がよく用いられている4).ここでは,ほかのGタンパク質における報告を参考に,3Hのかわりに蛍光分子により標識したGDPを用いてeIF2からのGDPの解離を蛍光強度により検出するアッセイ系を確立した.eIF2Bは細胞抽出液に内在性のものを用いた.この系では,eIF2BによるeIF2からのGDPの解離を蛍光強度の減少として検出できる.リン酸化eIF2αを含むeIF2を基質として用いるとこのGDPの解離が抑制されたことから,eIF2αのリン酸化がeIF2BGEF活性に対し抑制的にはたらくことが確認された.このアッセイ系を用いてISRIBの効果について検討したところ,ISRIBはeIF2BによるeIF2からのGDPの解離を促進させた.この効果は,ISRIBがリン酸化eIF2αの阻害効果を抑制したことにより得られたものか,eIF2BGEF活性そのものを亢進したことによるのかを判別するため,リン酸化されないeIF2α変異体を基質とし,さらに,このeIF2α変異体をノックインしたマウスに由来する細胞抽出液において内在するeIF2Bを用いてアッセイを行った.ISRIBはこの系においてもGDPの解離も促進したことから,ISRIBの効果にeIF2αのリン酸化は必要のないことが明らかにされた.さらに,CRISPR-Cas9法を用いてeIF2BのβサブユニットのN末端側にFLAGタグ配列を導入し,内在性のeIF2Bを抗FLAG抗体ビーズを用いた免疫沈降法により精製する系を確立した.ISRIBは精製されたeIF2Bに対してもGEF活性を促進した.よって,ISRIBによる統合的ストレス応答の阻害の機序として,eIF2Bに直接的に作用してそのGEF活性を亢進しGTP結合型のeIF2を増加させることにより,結果的にリン酸化eIF2αの効果を抑制することが考えられた.
 さらに,eIF2BδのLeu180あるいはArg171にミスセンス変異を導入した細胞抽出液を用いるとISRIBによるeIF2Bの活性の促進はみられなかったことから,ISRIBはeIF2Bδの変異部位に作用してGEF活性を亢進させていることが示唆された.筆者らの報告とほぼ同時に,別のグループからも,生化学な解析により,ISRIBがeIF2Bδと相互作用して活性型のeIF2Bを安定化しそのGEF活性を亢進させていることを示唆する結果が報告された5)eIF2BδのN末端側の領域の機能は未知であったが,ISRIBの標的であると示されることによりはじめて新規の機能ドメインである可能性が明らかにされた.今後,この領域を介しeIF2BGEF活性がどのように制御されているのか,構造の情報をも含めたさらなる解析が必要である.

おわりに


 ISRIBは動物の個体においても薬効を示し,ISRIBを投与したマウスやラットにおいて統合的ストレス応答が抑制的に関与することの知られている長期記憶の形成の増強が観察された2).さらに近年,アルツハイマー病やプリオン病などさまざまな神経変性疾患の病態あるいはそのモデル系においてeIF2αのリン酸化の亢進が報告されている6-8).ストレスに対する初期の応答としてeIF2αのリン酸化というブレーキをかけて翻訳を一時停止することは細胞のストレス応答において必須であるが,逆に,ブレーキの状態が長くつづきすぎると細胞の生存に必須のタンパク質の合成もできなくなり病態をひき起こす可能性が考えられる.プリオン病のマウスモデルにおいてISRIBはその病態を改善することが示されたが9),この結果は,ISRIBなどの低分子化合物によりeIF2BGEF活性を増強させることがeIF2αのリン酸化の亢進のみられる神経変性疾患における新たな治療戦略となる可能性を示し意義深い.
 筆者らの用いた体細胞遺伝学的な手法は,技術的な制約から酵母の遺伝学的な手法などに比べその利用がかぎられていた.しかし,昨今の大規模なシークエンス技術およびCRISPR-Cas9法をはじめとするゲノム編集技術のいちじるしい発展にともない,いままた,体細胞遺伝学的な手法の可能性が広がっている.薬剤の標的の同定やタンパク質の機能ドメインの解析,シグナル伝達タンパク質のスクリーニングなど,さまざまな解析において強力な武器になることが期待される.

文 献



  1. Harding, H. P., Novoa, I., Zhang. Y. et al.: Regulated translation initiation controls stress-induced gene expression in mammalian cells. Mol. Cell, 6, 1099-1108 (2000)[PubMed]

  2. Sidrauski, C., Acosta-Alvear, D., Khoutorsky, A. et al.: Pharmacological brake-release of mRNA translation enhances cognitive memory. Elife, 2, e00498 (2013)[PubMed]

  3. Novoa, I., Zeng, H., Harding, H. P. et al.: Feedback inhibition of the unfolded protein response by GADD34-mediated dephosphorylation of eIF2α. J. Cell Biol., 153, 1011-1022 (2001)[PubMed]

  4. Kimball, S. R., Everson, W. V., Flaim, K. E. et al.: Initiation of protein synthesis in a cell-free system prepared from rat hepatocytes. Am. J. Physiol., 256, C28-C34 (1989)[PubMed]

  5. Sidrauski, C., Tsai, J. C., Kampmann, M. et al.: Pharmacological dimerization and activation of the exchange factor eIF2B antagonizes the integrated stress response. Elife, 4, e07314 (2015)[PubMed]

  6. Moreno, J. A., Radford, H., Peretti, D. et al.: Sustained translational repression by eIF2α-P mediates prion neurodegeneration. Nature, 485, 507-511 (2012)[PubMed]

  7. Ma, T., Trinh, M. A., Wexler, A. J. et al.: Suppression of eIF2α kinases alleviates Alzheimer’s disease-related plasticity and memory deficits. Nat. Neurosci., 16, 1299-1305 (2013)[PubMed]

  8. Kim, H. J., Raphael, A. R., LaDow, E S. et al.: Therapeutic modulation of eIF2α phosphorylation rescues TDP-43 toxicity in amyotrophic lateral sclerosis diseases models. Nat. Genet., 46, 152-160 (2014)[PubMed]

  9. Halliday, M., Radford, H., Sekine, Y. et al.: Partial restoration of protein synthesis rates by the small molecule ISRIB prevents neurodegeneration without pancreatic toxicity. Cell Death Dis., 6, e1672 (2015)[PubMed]



生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク


東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.



著者プロフィール


関根 悠介(Yusuke Sekine)
略歴:2010年 東京大学大学院薬学系研究科博士課程 修了,同年 同 特任研究員,2012年 同 助教を経て,2013年より英国Cambridge大学 博士研究員.
研究テーマ:ストレス応答のシグナル伝達.
関心事:体細胞遺伝学的な手法の新たな可能性を追求したい.

David Ron
英国Cambridge大学Professor.
研究室URL:http://ron.cimr.cam.ac.uk/

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