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ストレスのときのノルアドレナリンのはたらきはGABAシナプスのメタ可塑性をひき起こす

2013年4月30日

井上 渉・Jaideep S. Bains
(カナダCalgary大学Hotchkiss Brain Institute)
email:井上 渉
DOI: 10.7875/first.author.2013.051

Noradrenaline is a stress-associated metaplastic signal at GABA synapses.
Wataru Inoue, Dinara V. Baimoukhametova, Tamás Füzesi, Jaclyn I. Wamsteeker Cusulin, Kathrin Koblinger, Patrick J. Whelan, Quentin J. Pittman, Jaideep S. Bains
Nature Neuroscience, 16, 605-612 (2013)

要 約

 過去のストレスの経験がのちのストレス応答を長期的に変化させることは古くから知られている.これは一種の記憶形成であるが,その神経生物学的な機構はよくわかっていない.ノルアドレナリンはストレス応答の発現に深くかかわるが,同時に,いくつかの脳の領域においてシナプス伝達効率の変化,すなわち,シナプス可塑性を促進する.今回,筆者らは,ストレス内分泌応答を制御する視床下部室傍核において,ストレスの経験の有無がシナプス可塑性の起こりやすさ,すなわち,メタ可塑性に影響を及ぼすことを発見した.具体的には,視床下部室傍核に入力するGABAシナプスの可塑性をin vitroパッチクランプ法を用いて調べた.その結果,ストレスをあたえたラットから作製した脳切片においてのみGABAシナプスの長期増強が起こり,ストレスをあたえていないラットから作製した脳切片では長期増強は起こらなかった.これらの結果は,ストレスの経験がGABAシナプスの可塑性能を制御していることを示した.このメタ可塑性はストレスのときのノルアドレナリンβ受容体からのシグナル伝達を必要とすることが,アンタゴニストやアゴニスト,また,光遺伝学を用いた実験により示された.また,今回,観察された長期増強はシナプス数の増加をともなうことが示唆された.これらの結果は,慢性的にストレスをあたえたラットの視床下部室傍核においてGABAシナプスの数は増加するという組織学的な知見と一致し,このことはストレス内分泌応答における適応に重要な役割をはたしている可能性が考えられた.

はじめに

 外敵から身を守ったり体内あるいは体外の環境の変化に対処したりすることは生物の生存において必須である.この際の一連のストレス応答において主役を演じるのは神経内分泌応答による副腎皮質ホルモンの分泌,すなわち,視床下部-下垂体-副腎皮質軸の活性化である.脳のさまざまな領域がストレス刺激における知覚の認識にかかわるが,視床下部-下垂体-副腎皮質軸を活性化するためにはすべてのストレス情報が最終的にその基点となる視床下部室傍核に伝達される必要がある.ストレスのとき視床下部-下垂体-副腎皮質軸をすみやかに活性化することにより,血糖値や血圧の上昇,免疫機能の抑制など,体を緊急事態に備えさせるのであるが,一方で,過去のストレスの経験にもとづいて視床下部-下垂体-副腎皮質軸の機能を柔軟に制御することが個体の長期的な健康を保つうえで重要である1).事実,うつ病や心的外傷後ストレス障害などのストレス性精神疾患は視床下部-下垂体-副腎皮質軸の機能の異常をともなうことが多い.この視床下部-下垂体-副腎皮質軸の適応は一種の記憶形成であり,ストレス情報の認識にかかわる高次の脳領域における神経の可塑性が重要なはたらきをすると考えられている.しかし,近年の研究結果から,いっけん記憶形成にかかわりの薄そうな視床下部においても,その機能に関連する適応の起こる際にはシナプス伝達の変化の起こることがわかってきた2,3).視床下部室傍核に入力するシナプスは,グルタミン酸,GABA(γ-アミノ酪酸),ノルアドレナリンを神経伝達物質として使用するもの3種類に大別される.このうち,GABAシナプスが半分以上をしめ3),視床下部室傍核ニューロンの活動および視床下部-下垂体-副腎皮質軸の活性に重要な影響を及ぼすことが報告されている4,5).すなわち,視床下部室傍核におけるGABAシナプスの可塑性が視床下部-下垂体-副腎皮質軸の適応にかかわっている可能性が考えられる.今回の研究は,ストレスがGABAシナプスの可塑性を制御する分子機構について検討した.

1.ストレスの経験がGABAシナプスの長期増強を制御する

 ラットなどの実験動物に強いストレスをあたえた場合,それが短時間かつ1回きりのものであっても長期的に視床下部-下垂体-副腎皮質軸の機能の変化をひき起こすことが報告されている6).この事実は,ストレスが視床下部-下垂体-副腎皮質軸の機能にかかわるシナプス伝達に及ぼす影響を研究するための,単純かつ有用なモデルを提供する.そこで,ラットに30分の拘束ストレス(ストレスの研究において一般に使われる強度のストレス)をあたえ,このストレスの経験が視床下部室傍核におけるGABAシナプスの可塑性に及ぼす影響を調べた.急性脳切片を使ったin vitroパッチクランプ法を用い,視床下部室傍核にあるコルチコトロピン放出ホルモンを分泌する小胞性神経内分泌細胞へ入力するGABAシナプスにおけるシナプス伝達を調べた.シナプスに連続的な電気刺激(100 Hzで1秒間を4回,可塑性を調べる実験で広く用いられる刺激パターンのひとつ)をあたえると,ストレスをあたえていないラットから作製した脳切片では持続的なGABAシナプスの可塑性は観察されなかった.対照的に,ストレスをあたえたラットからストレス処理の直後に作製した脳切片では同じ電気刺激が約50%のシナプス伝達効率の上昇を起こし,この上昇は刺激ののち30分以上も持続した.つまり,ストレス経験ののちの脳においてのみGABAシナプスの長期増強が起こることがわかった.拘束ストレスとはまったく異なる刺激に起因するストレスである捕食者の匂い(キツネの糞に含まれる物質)を嗅がせた場合にも同様の効果があったことから,このシナプス可塑性の制御は両者に共通する“ストレス”にかかわる脳の活動により起こっていることが示唆された.一方で,異なるタイプのストレスである強制水泳では同様の効果はみられなかった.このことは,特定のストレスにかかわる脳の活動,もしくは,ある一定の強度以上のストレスによってのみ,シナプス可塑性の制御が起こることを示唆した.

2.ノルアドレナリンβ受容体シグナルがGABAシナプスのメタ可塑性をひき起こす

 視床下部室傍核とは別の脳の領域において,ノルアドレナリンβ受容体の活性化がシナプス可塑性を亢進することが報告されている7).ストレスのとき視床下部室傍核においてノルアドレナリンが放出されることから8),ノルアドレナリンβ受容体の活性化がGABAシナプスの可塑性の制御にかかわるかどうか調べた.ラットに拘束ストレスをあたえる直前にノルアドレナリンβ受容体のアンタゴニストを投与した場合,GABAシナプスに電気刺激による長期増強は起こらなかった.反対に,拘束ストレスをあたえていないラットの脳切片をノルアドレナリンβ受容体のアゴニストで処理すると,長期増強の誘導が可能になった.ここで重要なことは,1)ノルアドレナリンβ受容体の刺激のみではGABAシナプスの長期増強は起こらない,2)しかし,いちどノルアドレナリンβ受容体を刺激しておくと,のちの電気刺激により長期増強の誘導が起こる,つまり,ノルアドレナリンβ受容体の活性化がシナプス可塑性を可能にすることであった.
 視床下部室傍核へのノルアドレナリンの入力はおもに尾側延髄のカテコールアミン産生ニューロンに起因する.視床下部室傍核における内因性のノルアドレナリンの放出がGABAシナプスの可塑性の制御に直接にかかわっているかどうか調べるため,近年,神経科学の研究に広く使われる光遺伝学(optogenetics,オプトジェネティクス)とよばれる手法を使用した.この手法の原理は,特定の波長の光に反応して開口する人工チャネル(今回の研究では,チャネルロドプシン2を用いた)をニューロンに発現させることにより,そのニューロンの活動および神経伝達物質の放出を人為的に操作できるというものである.尾側延髄のカテコールアミン産生ニューロンにおいて特異的にチャネルロドプシン2を発現させたトランスジェニックマウスから脳切片を作製し,視床下部室傍核にチャネルロドプシン2を開口させる特定の波長の光を照射して,ニューロンの末端から内因性のノルアドレナリンを放出させたところ,この脳切片ではGABAシナプスの長期増強の誘導が可能になった.ノルアドレナリンβ受容体のアンタゴニストの存在のもと光照射を行った場合には長期増強は起こらなかった.これらの結果は,ストレスのときノルアドレナリンβ受容体シグナルがGABAシナプスの可塑性の制御,すなわち,メタ可塑性をひき起こすことを示唆した(図1).

figure1

3.GABAシナプスのメタ可塑性は代謝型グルタミン酸受容体1の機能亢進を介する

 薬理学的な実験の結果から,(ストレスをうけたラットの脳切片においてのみ起こる)電気刺激によるGABAシナプスの長期増強は,代謝型グルタミン酸受容体1シグナルを介することがわかった.つまり,電気刺激により起こるグルタミン酸シナプスの活動がGABAシナプスの可塑性を誘導した.ここで,ストレス(ノルアドレナリンβ受容体の刺激)がどのようにGABAシナプスのメタ可塑性を起こすのかを考えた場合,ストレスが代謝型グルタミン酸受容体1の機能亢進を起こしている(これにより,GABAシナプスの可塑性の誘導が可能になる)可能性が考えられた.この仮説を検証するため,ストレスをあたえたラットとあたえていないラットから作製した脳切片に代謝型グルタミン酸受容体1のアゴニストを投与した.その結果,代謝型グルタミン酸受容体1のアゴニストはストレスをあたえたラットの脳切片においてのみGABAシナプスの長期増強を誘導した.さらに,電気刺激を用いた実験と対応するかたちで,この代謝型グルタミン酸受容体1の機能亢進はノルアドレナリンβ受容体を介することがわかった.これらの結果は,GABAシナプスのメタ可塑性は,ストレスのときノルアドレナリンβ受容体シグナルによる代謝型グルタミン酸受容体1の機能亢進を介することを意味した(図1).

4.GABAシナプスの長期増強はシナプス数の増加をともなう

 GABAシナプスの長期増強の分子機構について詳細に検討した.一般に,シナプス伝達効率の上昇は,つぎの3つの分子機構のいずれか(もしくは,2つ以上の組合せ)に起因する.1)シナプス前末端からの神経伝達物質の放出の増強,2)シナプス後膜に集合する受容体の量の増大,3)シナプスの数の増加.長期増強の起こる前後においてシナプス伝達(シナプス後電流)の生物物理学的な特性をくわしく解析した結果,シナプス数の増加の起こっていることが示唆された.さらに,長期増強およびシナプス数の増加を示す指標の変化の両方が,シナプス後細胞におけるCa2+シグナル,カルモジュリンキナーゼIIの活性化,エンドサイトーシスを介したGABA受容体の細胞膜への誘導,を必要とすることが薬理学的な実験により明らかになった.このことは,シナプス数の増加がシナプス後細胞における変化を介することを示唆した.
 以下は,筆者らの予測であるが,一定の割合のGABAシナプスが機能的に休止した状態で存在し(シナプス前末端は神経伝達物質を放出するが,シナプス後膜に受容体が存在しないため機能的に“休止”している),これらのシナプスにシナプス後細胞の変化を介して受容体が発現することにより,シナプス数の増加とそこから帰結する長期増強の起こっている可能性がある(図1).つまり,グルタミン酸シナプスですでに報告されているサイレントシナプス9) と同様の分子機構が,GABAシナプスにも存在することが示唆された.

おわりに

 今回の筆者らの研究は,ストレス応答において中心的な役割をはたす視床下部-下垂体-副腎皮質軸を制御する,視床下部室傍核のシナプス可塑性を制御する分子機構の一端を明らかにした(図1).GABAシナプスの長期増強はシナプス数の増加をともなったが,この結果は,慢性的にストレスをあたえたラットの視床下部室傍核においてGABAシナプスの数が増加するという組織学的な知見3) と一致した.一般的に,GABAシナプスへの入力はシナプス後細胞を過分極させる,すなわち,抑制性であるが,ストレスの直後には視床下部室傍核のGABAシナプスへの入力はシナプス後細胞におけるイオン組成の変化により興奮性の入力へと変化しうることがわかっている5).GABAシナプスへの入力の量的な優位性3),また,ストレスにともなう抑制性から興奮性への質的な変化5) を考え合わせると,GABAシナプスの可塑性は視床下部室傍核のはたらき,すなわち,視床下部-下垂体-副腎皮質軸の機能に重要な変化をもたらすものと予想された.
 なお,筆者らのグループによる別の研究は,同じ視床下部室傍核のGABAシナプスが,異なる分子機構により副腎皮質ホルモンを介してメタ可塑性を示すことを示し,このGABAシナプスがストレスの経験にもとづいた複雑な可塑性能をもつことを明らかにした.この研究についても,同時にNature Neuroscience誌において報告した10)

文 献

  1. Joels, M. & Baram, T. Z.: The neuro-symphony of stress. Nat. Rev. Neurosci., 10, 459-466 (2009)[PubMed]
  2. Wamsteeker, J. I. & Bains, J. S.: A synaptocentric view of the neuroendocrine response to stress. Eur. J. Neurosci., 32, 2011-2021 (2010)[PubMed]
  3. Miklos, I. H. & Kovacs, K. J.: Reorganization of synaptic inputs to the hypothalamic paraventricular nucleus during chronic psychogenic stress in rats. Biol. Psychiatry, 71, 301-308 (2012)[PubMed]
  4. Cullinan, W. E., Ziegler, D. R. & Herman, J. P.: Functional role of local GABAergic influences on the HPA axis. Brain Struct. Funct., 213, 63-72 (2008)[PubMed]
  5. Hewitt, S. A., Wamsteeker, J. I., Kurz, E. U. et al.: Altered chloride homeostasis removes synaptic inhibitory constraint of the stress axis. Nat. Neurosci., 12, 438-443 (2009)[PubMed]
  6. Armario, A., Valles, A., Dal-Zotto, S. et al.: A single exposure to severe stressors causes long-term desensitisation of the physiological response to the homotypic stressor. Stress, 7, 157-172 (2004)[PubMed]
  7. Tenorio, G., Connor, S. A., Guevremont, D. et al.: ‘Silent’ priming of translation-dependent LTP by β-adrenergic receptors involves phosphorylation and recruitment of AMPA receptors. Learn. Mem., 17, 627-638 (2010)[PubMed]
  8. Pacak, K., Palkovits, M., Kopin, I. J. et al.: Stress-induced norepinephrine release in the hypothalamic paraventricular nucleus and pituitary-adrenocortical and sympathoadrenal activity: in vivo microdialysis studies. Front. Neuroendocrinol., 16, 89-150 (1995)[PubMed]
  9. Isaac, J. T., Nicoll, R. A. & Malenka, R. C.: Evidence for silent synapses: implications for the expression of LTP. Neuron, 15, 427-434 (1995)[PubMed]
  10. Wamsteeker Cusulin, J. I., Fuzesi, T., Inoue, W. et al.: Glucocorticoid feedback uncovers retrograde opioid signaling at hypothalamic synapses. Nat. Neurosci., 16, 596-604 (2013)[PubMed]

生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール

井上 渉(Wataru Inoue)
略歴:2009年 カナダMcGill大学大学院博士課程 修了,同年よりカナダCalgary大学 博士研究員.
研究テーマ:脳によるホメオスタシスの制御機構.
関心事:脳の可塑性が生存行動の適応にどのように貢献しているのかを知りたい.

Jaideep S. Bains
カナダCalgary大学Professor.
研究室URL:http://homepages.ucalgary.ca/~jsbains/lab/index.html

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