ライフサイエンス 新着論文レビュー

First author's

OsLG1遺伝子は栽培化されたイネの閉じた穂の形態を制御する

2013年3月18日

石井 尊生
(神戸大学大学院農学研究科 資源生命科学専攻植物育種学研究室)
email:石井尊生
DOI: 10.7875/first.author.2013.026

OsLG1 regulates a closed panicle trait in domesticated rice.
Takashige Ishii, Koji Numaguchi, Kotaro Miura, Kentaro Yoshida, Pham Thien Thanh, Than Myint Htun, Masanori Yamasaki, Norio Komeda, Takashi Matsumoto, Ryohei Terauchi, Ryo Ishikawa, Motoyuki Ashikari
Nature Genetics, 45, 462-465 (2013)

要 約

 作物の栽培化のはじまろうとするころ,生計のほとんどを狩猟採集にたよっていた人間にとり野生植物の成熟した種子の落ちにくくなることは,その種子を採集する際の効率が格段に上がることにつながるため非常に都合のよい形質であった.この研究では,栽培イネの祖先となる熱帯アジアの野生イネに焦点をあて,まず,野生イネの開いている穂が閉じた形態に変化すると成熟した種子が落ちにくくなることを示した.さらに,この穂の形態の変化にともない,開花のとき外から花粉を受け取ることがさまたげられ,受精のほとんどが自分の花粉による繁殖である自殖へと導かれた可能性を示した.この穂の開閉に関与する原因遺伝子については,DNAマーカーを用いた解析によりOsLG1遺伝子であることが明らかになった.また,原因遺伝子の周辺の塩基配列の解析から,この領域が栽培化の過程において強い人為的な選抜をうけたことが示唆された.以上のことから,野生イネにおける穂の形態の変化はイネの栽培化の初期において大きな影響を及ぼし,OsLG1遺伝子はイネの栽培化の引き金となった遺伝子だと考えられた.

はじめに

 栽培化とは,野生植物が人間の選抜をうけ人間に都合のよい性質を備えあわせた栽培植物となる過程をいうが,また同時に,人間の手により新たな生物種の生み出される過程ともいえる.世界の多くの人々の主食となっている栽培イネ(Oryza sativa L.)は,熱帯アジアの野生イネ(Oryza rufipogon Griff.,図1)に由来し,その栽培化は約1万年前にはじまったと考えられている1,2).栽培イネと野生イネにはさまざまな形態や性質の違いが観察されるが,これらは栽培化の過程で人間が淘汰あるいは選抜を行った結果として生じたものである.では,これらのなかで野生イネにいちばんはじめに変化の起こった形質,つまり,栽培イネの誕生のきっかけとなった形質は何だろう,また,それを制御している遺伝子は何だろう,というのがこの研究の動機であった.

figure1

 農耕のはじまるまえ,人間は狩猟採集に生計をたよっていた.野生イネの種子についても,人間は長いあいだこれを食用として集めつづけてきたと思われる.しかし,野生イネの種子は熟するとすぐに穂から脱落してしまう.そのため,栽培化の初期に人間は成熟した種子が落ちにくい系統を積極的に選んだと考えられる3,4).これまで,成熟種子を落ちにくくする遺伝子として,種子が穂に接続する基部において離層の形成に関与するものが報告されている5,6).しかし,野生イネでは多くの遺伝子がこの離層の形成に関与しているため,これが簡単に抑えられ種子が落ちにくくなる変異体は発生しにくいと思われる7).そこで,注目したのは穂それ自体の形態である.

1.野生イネの閉じた穂への形態の変化は種子の脱粒性と生殖様式に大きな影響をあたえる

 野生イネは栽培イネとは異なり,広く開いたかたちをした穂をもつ.また,種子の先端には芒とよばれる細長い器官がある.この器官は野生イネにとり自然の状態で種子を飛散させるのに必要なものである.なぜなら,種子の登熟期に風雨をはじめさまざまなものが芒に触れると種子の脱落が促されるからである.まず,遺伝分析により,この穂の開閉がSPR3遺伝子座1つにより制御されていることを明らかにした.そのため,当該する遺伝子1つに変化が起これば,閉じた穂をもつ野生イネの植物体が比較的簡単に生じるものと考えられた.
 閉じた穂をもつ野生イネの系統を栽培イネO. sativa cv. Nipponbareを野生イネO. rufipogon W630により戻し交雑することにより作出し,どのような現象が観察されるのか圃場調査を行った(図2).その結果,この系統の成熟種子は落ちにくくなること,また,それにより種子は採集しやすくなることがわかった.成熟種子の採集に関する調査では,開いた穂をもつ系統より閉じた穂をもつ系統からのほうが約1.5倍も効率よく採集できることが示された.これは,穂が閉じている状態では芒どうしが重なりあうことが大きく影響していた.1つの穂のなかの種子の成熟の時期には1週間ほどのばらつきがあるが,下位の未成熟の種子の芒は上位の成熟した種子を支えるため,種子の脱落が一時的に抑えられると考えられた.そこで,成熟種子の脱粒までの日数を調べたところ,閉じた穂の種子は開いた穂のものより1日ほど長く穂に残ることがわかった.

figure2

 穂が閉じることは開花のときにも大きな影響を及ぼすと考えられた.つまり,下位の長い芒が開花している花器官の小穂をおおうことにより,おしべとめしべの外部への露出が抑えられ,外からの花粉のかかりにくい構造となるのではないかと思われた.そこで,圃場において受精の様式を調査したところ,閉じた穂をもつ野生系統の受精様式のほとんどは自分の花粉による繁殖である自殖をとることがわかった.ちなみに,野生イネは多様な環境に対応するため,たえずほかから遺伝子を取り込みさまざまな遺伝子型をもつ個体を生み出す必要があり,ほかの植物から花粉を受け取る繁殖である他殖の性質を残している.しかし,栽培イネは人間により形質や性質のばらつきをなくし取り扱いやすくするという淘汰をうけたため,繁殖の様式はほぼ自殖になっている.そして,それにより現在では,栽培品種の農業形質は均一で安定して遺伝するというメリットが生まれている.

2.穂の開閉を制御する遺伝子の同定

 穂の開閉を制御していたのはSPR3遺伝子座であったが,イネの染色体においてどの領域のどの遺伝子が関与しているのかを明らかにするため高密度連鎖分析を行った.その結果,SPR3遺伝子座は第4染色体の長腕9.3 kbpの領域に存在することがわかった.そこで,この領域の野生イネO. rufipogon W630における塩基配列を決定し,栽培イネO. sativa cv. Nipponbareのものと比較したが,ともに,この領域には遺伝子産物となるタンパク質をコードする配列はみつからなかった.このことは,この9.3 kbpの内部にほかの遺伝子を制御する領域のあることを示唆した.そこで,この領域の付近の遺伝子を調べたところ,約10 kbp下流に葉および葉舌の形態に関与するOsLG1遺伝子が存在しており8),野生イネの開いた穂ではこの遺伝子の発現量の大きいことがわかった.OsLG1遺伝子はSQUAMOSAプロモーター結合タンパク質様ドメインをもつ転写因子をコードしている.
 穂の開閉に関与する原因遺伝子を調べるため,9.3 kbpの領域とOsLG1遺伝子との相補性検定を行った.まず,9.3 kbpの領域とOsLG1遺伝子の両方を含む野生イネのゲノムコンストラクトを,閉じた穂をもつ栽培イネO. sativa cv. Nipponbareに導入したところ,形質転換イネは開いた穂を示した.一方,OsLG1遺伝子のみを含む野生イネのゲノムコンストラクトを導入すると,形質転換イネの穂の形状に変化はみられなかった.この結果は,穂の開閉に関与する原因遺伝子はOsLG1遺伝子であり,その発現制御領域が9.3 kbpの領域に含まれることを示した.なお,9.3 kbpの領域において,野生イネO. rufipogon W630と栽培イネO. sativa cv. Nipponbareの塩基配列のあいだには118箇所の違いがみられたが,それらのどの変異がOsLG1遺伝子の発現の制御に直接に結びついているのかを明らかにするためには,将来のより詳細な解析が必要である.

3.イネの閉じた穂の形態は栽培化の過程において選抜をうけた形質である

 栽培化の過程においてある形質が強い人為的な選抜をうけたかどうかは,その形質を制御する遺伝子の付近の塩基配列の情報から推定することができる9,10).まず,アジアに広範囲に分布する野生イネO. rufipogonの12系統,および,栽培イネO. sativaの在来系統の31系統について,OsLG1遺伝子の発現を制御している9.3 kbpの領域の塩基配列を決定した.そして,野生イネおよび栽培イネそれぞれの種内における塩基多様度を調べたところ,栽培イネのものは野生イネのものの約1/20であり多様性は有意に減少していた.つまり,この領域が強い選抜をうけた結果,特定の塩基配列をもつものが残ったことが明らかになった.さらに,9.3 kbpの領域の外側の遺伝子領域でない7箇所についても,野生イネO. rufipogonの14系統および栽培イネO. sativaの31系統を用いて塩基配列を比較した.その結果,9.3 kbpの領域の両側の近傍の2箇所の塩基多様度は,栽培イネは野生イネと比べきわめて低かった.ただし,それら以外の5箇所については栽培イネの塩基多様性はそれほど低いものではなかった.ここで検出された,栽培イネにおいて塩基多様度のきわめて低かった領域は約50 kbpであったが,OsLG1遺伝子とその発現を制御している9.3 kbpの領域を含んでいた.このことは,イネの閉じた穂の形態は栽培化の過程で強い人為的な選抜をうけた形質であることを示唆した.

おわりに

 野生イネにおける開いた穂から閉じた穂への形態変化は,成熟種子が落ちにくくなること,受精が自分の花粉による自殖になることを促した.そして,これらの性質はイネの栽培化の初期において大きな影響を及ぼすため,穂の開閉を制御するOsLG1遺伝子は栽培イネの誕生のきっかけとなった遺伝子だと考えられた.このことから,より多くの栽培イネならびに野生イネの系統を用いてOsLG1遺伝子の発現を制御する領域やその周辺の領域をくわしく調べれば,イネがどこでどのように栽培化されたのかを明らかにすることができると思われる.
 イネの栽培化の解明は,人間が野生イネのどの遺伝子を利用し,どの遺伝子を利用しなかったのかを知ることにもつながる.そのため,今後のイネの育種において遺伝資源として野生イネを利用する際に,栽培化に関連する研究の結果は貴重な基礎情報になると思われる.また,穂の開閉の原因遺伝子であると同定されたOsLG1遺伝子は葉の形態にも関係し,おそらく,さまざまな形態形成に関与する遺伝子を統括する転写因子をコードしているものと思われる.そのため,OsLG1遺伝子のさらなる研究は,イネがなぜイネのかたちをしているのかを解明することにもつながるであろう.

文 献

  1. Mannion, A. M.: Domestication and the origins of agriculture: an appraisal. Prog. Phys. Geogr., 23, 37-56 (1999)
  2. Oka, H. I.: Origin of Cultivated Rice. Elsevier, Amsterdam (1988)
  3. Harlan, J. R., de Wet, J. M. & Price, E. G.: Comparative evolution of cereals. Evolution, 27, 311-325 (1973)
  4. Flannery, K. V.: The origins of agriculture. Annu. Rev. Anthropol., 2, 271-310 (1973)
  5. Konishi, S., Izawa, T., Lin, S. Y. et al.: An SNP caused loss of seed shattering during rice domestication. Science, 312, 1392-1396 (2006)[PubMed]
  6. Li, C., Zhou, A. & Sang, T.: Rice domestication by reducing shattering. Science, 311, 1936-1939 (2006)[PubMed]
  7. Ishikawa, R., Thanh, P. T., Nimura, N. et al.: Allelic interaction at seed-shattering loci in the genetic backgrounds of wild and cultivated rice species. Genes Genet. Syst., 85, 265-271 (2010)[PubMed]
  8. Lee, J., Park, J. J., Kim, S. L. et al.: Mutations in the rice liguleless gene result in a complete loss of the auricle, ligule, and laminar joint. Plant Mol. Biol., 65, 487-499 (2007)[PubMed]
  9. Clark, R. M., Linton, E., Messing, J. et al.: Pattern of diversity in the genomic region near the maize domestication gene tb1. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 101, 700-707 (2004)[PubMed]
  10. Purugganan, M. D. & Fuller, D. Q.: The nature of selection during plant domestication. Nature, 457, 843-848 (2009)[PubMed]

生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール

石井 尊生(Takashige Ishii)
略歴:1991年 京都大学大学院農学研究科博士課程 修了,同年 国際稲研究所Post Doctoral Fellow,1993年 神戸大学農学部 助手,2003年 同 助教授を経て,2008年より同 教授(現 大学院農学研究科).
研究テーマ:野生イネを材料とした遺伝育種学.
関心事:スポーツ.とくに,学生時代に部活をしていたアメリカンフットボール(高校)と空手(大学).
研究室URL:http://www.lab.kobe-u.ac.jp/ans-pb/index.html

© 2013 石井 尊生 Licensed under CC 表示 2.1 日本


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この作品のライセンスはクリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本です。