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マカクザルに対する前帯状皮質の前部への局所的な微小電気刺激は悲観的な意思決定を導く

2012年5月2日

雨森賢一・Ann M. Graybiel
(米国Massachusetts Institute of Technology,McGovern Institute for Brain Research,Department of Brain and Cognitive Sciences)
email:雨森賢一
DOI: 10.7875/first.author.2012.049

Localized microstimulation of primate pregenual cingulate cortex induces negative decision-making.
Ken-ichi Amemori, Ann M. Graybiel
Nature Neuroscience, 15, 776-785 (2012)

要 約

 ヒトや動物において不安の定量化法として用いられてきた近接回避葛藤のパラダイムを用いた近接回避の意思決定課題を考案し,課題を遂行しているマカクザルの前帯状皮質においてニューロン活動を記録した.すると,課題に関連したニューロンは帯状溝の付近に多く分布していた.とくに,前帯状皮質の一部である帯状溝の腹側では回避選択に関連したニューロンが多くみつかった.この部位への微小電気刺激によりニューロン活動の変化をひき起こすと回避選択の頻度が上昇した.この微小電気刺激の効果をくわしく調べると,報酬と比較して嫌悪刺激を過大に評価するために回避選択のひき起こされていることがわかった.さらに,この微小電気刺激の効果は抗不安薬により消失した.このことから,前帯状皮質の前部の一部のニューロン活動は近接回避の意思決定を制御し,不安などの悲観的な価値判断を導く情動や気分の発現に重要な役割をはたしていることがわかった.

はじめに

 報酬と同時に罰があたえられる場合,その報酬と罰のセットを受け入れるか(近接),受け入れないか(回避),という意思決定に関して心理的な葛藤が生じる1).これは近接回避葛藤とよばれ,心理学における重要なコンセプトのひとつである2).近接回避の意思決定は,罰にともなうコストと報酬にともなう利益とを統合して価値判断を行い,近接あるいは回避に対する効用価値を導き出すという内的なプロセスから導かれ,心理的な葛藤はこのプロセスを反映しているものと考えられる(図1a).この近接回避の意思決定は不安やうつといった情動や気分と関係が深い.たとえば,不安を感じやすい人は回避選択が多く,逆に,うつの人は近接選択が有意に少ない3).さらに,このパラダイムは動物を用い抗不安薬の効用を定量化するための実験などに用いられており,とくにDiazepamは近接選択を誘導することが知られている4)

figure1

 マカクザルでは帯状皮質がこのコストと利益との統合に重要な役割をはたしていることが示唆されてきた5).ほかにも,サルのこの部位のニューロン活動は,課題遂行の意欲や6),提示された報酬の期待からの誤差7) を表現していることなどが報告されている.とくに,脳梁膝の前方に位置する前帯状皮質の前部(pregenual auterior cingulate cortex,pACC)は,広範な前頭前皮質との相互結合のみならず,扁桃体からの直接の入力を受け8),さらには線条体のストリオソームに投射するなど9),皮質下の構造とも関係の深いことが知られている,このことから,前帯状皮質の前部は認知と情動の中継地点にあたるものと考えられている.
 しかしながら,前帯状皮質の前部におけるニューロン活動が実際に情動や意思決定にどのようにかかわっているのかについてはほとんどわかっていない.この問題に取り組むため,筆者らは,近接回避葛藤をひき起こすと考えられる意思決定課題をつくり,課題を遂行しているマカクザルの前帯状皮質の前部におけるニューロン活動を多電極記録法により記録し,さらに,微小電気刺激法により局所的なニューロン活動の変化をひき起こすことで,前帯状皮質の前部におけるニューロン活動が意思決定や価値判断をどのように制御しているか調べた.

1.近接回避課題におけるサルの意思決定

 まず,以下の近接回避課題(図1b)を遂行しているマカクザルの前帯状皮質においてニューロン活動を記録した.サルはジョイスティックの手前に手を置くことで自発的にタスクを開始した.そののち,手がかり刺激として赤色と黄色の2本のバーが眼前のディスプレイに提示された.赤色のバーの長さはのちにあたえられる報酬の量を意味し,黄色のバーの長さはのちにあたえられる空気の吹きつけの強さを意味した.空気の吹きつけはサルの頬にむけられていて回避すべき嫌悪刺激としてはたらいた.提示された2本のバーの長さをもとに,サルは報酬と空気の吹きつけを受け入れるか(近接),あるいは,拒否するか(回避)を選択し,ジョイスティックで十字か四角のターゲットのどちらかを選ぶことでそれを報告した.サルが十字のターゲットを選ぶと近接を意味し,報酬と空気の吹きつけとが提示された強さと量だけあたえられた.四角のターゲットを選ぶと回避を意味し,タスク遂行の意欲をかろうじて維持するレベルのごく少量の報酬があたえられた.
 サルの近接回避の意思決定には一定のパターンがみられた.これを解析するため,計量経済学で用いられる条件付きロジットモデルを用い10),サルがどのように価値判断を行っているかを定量的にモデル化した.すると,近接回避の効用関数は“報酬-嫌悪刺激”という線形のかたちで表され,近接回避の境界線も線形になった.また,境界線の傾きをみることでサルの報酬と嫌悪刺激に対する感度を推定することができた.サルの意思決定は,効用関数が正ならば近接,負ならば回避,0に近い場合には反応速度が長くなり葛藤状態となる,と特徴づけられた.

2.近接回避課題を遂行しているサルの前帯状皮質の前部におけるニューロン活動

 前帯状皮質のニューロンはおもに手がかり刺激が提示されたあと活動し,意思決定を反映していると考えられた.とくに,帯状溝の背側から腹側にいたる領域で課題に関連する活動が多く記録された(図2a).これらのニューロン活動がどのような情報を再現しているかを調べるため,報酬量,嫌悪刺激の強さ,近接回避の選択,反応時間などのパラメーターとニューロン活動との相関を重回帰分析の手法を用いて解析した.すると,提示された報酬と嫌悪刺激の価値が高くサルの近接に対する意欲が高いときにより活動の高くなるニューロンと,提示された価値が低くサルの回避に対する意欲が高いときに活動の高くなるニューロンの2つに大別できた.興味深いことに,帯状溝の付近ではこれらのニューロンは等しい割合でみつかったが,帯状溝の腹側から前帯状皮質の前部にかけての領域では回避にかかわるニューロンが優位に存在した(図2a).

figure2

3.前帯状皮質の前部への局所的な微小電気刺激は回避選択の頻度を増加させる

 帯状溝の腹側では回避にかかわるニューロンが優勢であったため,この部位は回避選択にとくにかかわっている可能性が考えられた.これを検証するため,課題を遂行しているサルに対しニューロン活動を局所的に変化させる微小な(70~80μA)の高周波(200 Hz)の電気刺激をあたえた.サルに250回以上の課題を遂行させたのち,手がかり刺激を提示しているあいだに微小電気刺激をあたえるという試行を250回行った.すると,前帯状皮質において調べた93カ所のうち15カ所において,微小電気刺激なしの試行と微小電気刺激ありの試行とのあいだでサルの意思決定は有意に変化した.そのほとんど(14カ所)は帯状溝の腹側の前帯状皮質の前部にあたる領域であり(図2b),それらのほぼすべて(13カ所)が回避選択の頻度を増加させた.微小電気刺激はサルの手の皮膚の電気伝導度を変えず,このことから,痛みなどにともなう自律的な応答はひき起こしていないものと考えられた.さらに,微小電気刺激の効果をよく調べると,近接回避の意思決定の境界線についておもに傾きだけが変化していた.これは,報酬と嫌悪刺激に対する内的な相対価値が変化し,サルは微小電気刺激によってより悲観的な価値判断を行うようになったことを示した(図3).さらに,連続してあたえられた250回の微小電気刺激の影響は試行ごとに累積することもわかった.

figure3

4.微小電気刺激により誘導された回避選択の増加は抗不安薬により消失する

 微小電気刺激の効果がくり返しにより累積することから,微小電気刺激の意思決定に対する影響は一過性のものではなく,悲観的な価値判断が持続する“不安”に近いものであると考えられた.そこで,くり返し微小電気刺激をあたえることにより回避選択の頻度が増えた状態とし,抗不安薬であるDiazepamを筋肉注射した.すると,4回のうち3回はもとの意思決定にもどり,そのうち1回は,むしろ接近選択の頻度が増加した.このことから,電気刺激が報酬と嫌悪刺激を統合し価値判断する意思決定のプロセスに選択的に影響をあたえ,さらに,サルは嫌悪刺激を過大に評価することで悲観的な意思決定を導くものと考えられた.また,抗不安薬によりその効果が消失したことから,その悲観的な意思決定は不安に関係しているものと考えられた.

おわりに

 ヒトの前帯状皮質の前部は強迫性障害,心的外傷後ストレス障害,あるいは,依存症といった広範な不安障害に関連していると報告されている.とくに,選択的セロトニン取り込み阻害剤などさまざまな抗うつ薬により治療の可能なタイプのうつ病では前帯状皮質の前部における過活動が認められている11).すなわち,これらのタイプのうつ病や不安障害は前帯状皮質の前部の異常なふるまいに起因している可能性がある.解剖学的には,前帯状皮質の前部はワーキングメモリーなどの認知機能や目的志向的な行動の中心である前頭連合野との関係がもっとも密な大脳辺縁系である.また,古典的なマカクザルの生理学的研究によると,前帯状皮質の前部は発声に関する領野であるとされ,筆者らも,微小電気刺激によりクーコール(仲間を呼ぶコールで,社会的な意味をもつとされる)をひき起こすことがあることを確認した.また,最近の研究では,前帯状皮質の前部はサルの社会的な価値判断に関係する領野であるとも考えられてきている.これらのことから,前帯状皮質の前部のニューロンは,社会的な関係や環境状況にもとづいて行われる近接回避の価値判断を担い,その結果として,サルに悲観的な気分を発現させるものと考えられる.また,前帯状皮質の前部の一部のニューロンはこれらの価値判断の情報を扁桃体や線条体といった皮質下の構造に伝達することで,意思決定を悲観的な方向へと導いているのかもしれない.

文 献

  1. Miller, N. E.: Selected Papers on Conflict, Displacement, Learned Drives & Theory. Aldine Atherton, Chicago (1971)
  2. Elliot, A. J. (ed.): Handbook of Approach and Avoidance Motivation. Psychology Press, New York (2008)
  3. Dickson, J. M. & MacLeod, A. K.: Approach and avoidance goals and plans: their relationship to anxiety and depression. Cognit. Ther. Res., 28, 415-432 (2004)
  4. Rowlett, J. K., Lelas, S., Tornatzky, W. et al.: Anti-conflict effects of benzodiazepines in rhesus monkeys: relationship with therapeutic doses in humans and role of GABAA receptors. Psychopharmacology, 184, 201-211 (2006)[PubMed]
  5. Kennerley, S. W., Behrens, T. E. & Wallis, J. D.: Double dissociation of value computations in orbitofrontal and anterior cingulate neurons. Nat. Neurosci., 14, 1581-1589 (2011)[PubMed]
  6. Shidara, M. & Richmond, B. J.: Anterior cingulate: single neuronal signals related to degree of reward expectancy. Science, 296, 1709-1711 (2002)[PubMed]
  7. Matsumoto, M., Matsumoto, K., Abe, H. et al.: Medial prefrontal cell activity signaling prediction errors of action values. Nat. Neurosci., 10, 647-656 (2007)[PubMed]
  8. Ghashghaei, H. T., Hilgetag, C. C. & Barbas, H.: Sequence of information processing for emotions based on the anatomic dialogue between prefrontal cortex and amygdala. Neuroimage, 34, 905-923 (2007)[PubMed]
  9. Eblen, F. & Graybiel, A. M.: Highly restricted origin of prefrontal cortical inputs to striosomes in the macaque monkey. J. Neurosci., 15, 5999-6013 (1995)[PubMed]
  10. Train, K.: Discrete Choice Methods with Simulation. Cambridge University Press, New York (2003)
  11. Pizzagalli, D. A.: Frontocingulate dysfunction in depression: toward biomarkers of treatment response. Neuropsychopharmacology, 36, 183-206 (2011)[PubMed]

生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール

雨森 賢一(Ken-ichi Amemori)
略歴:2001年 奈良先端科学技術大学院大学 修了,北海道大学大学院医学研究科 助手,2005年 米国Massachusetts Institute of Technology博士研究員を経て,2009年より同Research Scientist.
研究テーマ:霊長類の情動と意思決定におけるシステム神経科学.
関心事:神経系の数理,神経工学,情動と社会性の脳内機構,精神医学.

Ann M. Graybiel
米国Massachusetts Institute of TechnologyにてInstitute Professor.
研究室URL:http://web.mit.edu/bcs/graybiel-lab/

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