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PGRNは高脂肪食によるインスリン抵抗性と肥満をインターロイキン6を介し誘導するアディポカインである

2012年1月30日

松原稔哉1,2・西村 紀2・清野 進1,2,3
1神戸大学大学院医学研究科 細胞分子医学,2神戸大学大学院医学研究科 質量分析総合センター,3神戸大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌内科学)
email:清野 進
DOI: 10.7875/first.author.2012.013

PGRN is a key adipokine mediating high fat diet-induced insulin resistance and obesity through IL-6 in adipose tissue.
Toshiya Matsubara, Ayako Mita, Kohtaro Minami, Tetsuya Hosooka, Sohei Kitazawa, Kenichi Takahashi, Yoshikazu Tamori, Norihide Yokoi, Makoto Watanabe, Ei-ichi Matsuo, Osamu Nishimura, Susumu Seino
Cell Metabolism, 15, 38-50 (2012)

要 約

 インスリン抵抗性は肥満や2型糖尿病の特徴的な病態のひとつであり,インスリン抵抗性の発症にはアディポカインとよばれる脂肪組織に由来するさまざまなホルモン様のタンパク質が関係している.筆者らは,今回,プロテオーム解析によりインスリン抵抗性のバイオマーカーの探索を行った結果,PGRNがインスリン抵抗性の発症において鍵となる新規のアディポカインであることを発見した.正常なマウスにPGRNを慢性投与するとインスリン抵抗性がひき起こされ,PGRNを欠損しているマウスでは高脂肪食によるインスリン抵抗性や肥満が抑制された.さらに,インターロイキン6がPGRNにより誘導されるインスリン抵抗性を媒介することも明らかにされた.以上のことから,PGRNは高脂肪食によるインスリン抵抗性と肥満をインターロイキン6を介し誘導するアディポカインであることが明らかになった.また,PGRNはインスリン抵抗性や肥満のバイオマーカーならびにそれらの治療標的となる可能性がある.

はじめに

 インスリン抵抗性は肥満や2型糖尿病の成因や病態と密接に関係している.脂肪組織を介したインスリン抵抗性の発症と進展の病態生理に関するこれまでの数多くの研究により,アディポカインやホルモンによる複雑なネットワークの存在が認められている.肝臓,筋肉,脂肪などにおいてインスリン抵抗性をひき起こす生理活性物質としては,TNFαなど脂肪細胞から分泌されるアディポカイン1) や糖質コルチコイド2) がよく知られている.前者は肥満の際に肥大化した脂肪細胞から分泌される炎症性のアディポカインであり,後者はステロイド常用患者やCushing症候群において認められる糖尿病の症状の原因となるホルモンである.しかし,これらさまざまな分子がインスリン抵抗性を惹起する詳細な機序については十分に明らかにされておらず,インスリン抵抗性の発症において鍵となる新たな因子の存在が期待される.筆者らは,今回,インスリン抵抗性の細胞モデルを用いたプロテオーム解析を行い,インスリン抵抗性に関与する新規のアディポカイン,PGRN(progranulin)を同定した.

1.プロテオーム解析によるPGRNの同定

 インスリン抵抗性の発症機構の鍵となるタンパク質を探索するため,TNFαあるいはデキサメタゾンによりインスリン抵抗性を誘導した3T3-L1脂肪細胞を用いて,2-ニトロベンゼンスルフェニル(NBS)法3) とよばれる比較プロテオーム解析を行った.この方法は試料に含まれる個々のタンパク質の含有量を質量分析計により網羅的に調べる方法であり,インスリン抵抗性の誘導により増加あるいは減少するさまざまなタンパク質の同定を試みた.プロテオーム解析の結果から新規のアディポカインとしてPGRNを絞り込んだ.PGRNはTNFαあるいはデキサメタゾンを用いて3T3-L1脂肪細胞を処理することにより2~3倍も発現が増大した.

2.肥満およびインスリン抵抗性におけるPGRNの役割

 PGRNは免疫細胞が多く存在する脾臓や肺などに多く存在することが知られていたが4),脂肪組織での発現はくわしく調べられていなかった.そこで,高脂肪食を摂取させて肥満させたマウスを用いて組織ごとの発現分布の変化を調べたところ,肥満マウスにおいては脂肪がPGRNの主要な産生組織となることが明らかになった.また,インスリンの標的組織である肝臓,脂肪,筋肉におけるタンパク質発現量を比較したところ,筋肉では発現はまったくみられないが,肝臓において発現し高脂肪食により増加することが明らかになった.遺伝的な肥満マウスであるob/obマウスにおける血中のPGRN濃度は正常マウスと比較して有意に高く,インスリン抵抗性の改善薬ピオグリタゾンの経口投与によりこれは正常化した.さらに,組換えPGRNをマウスに毎日投与し2週間後にインスリン負荷試験を行ったところ,PGRNを慢性投与したマウスでは対照マウスと比較してインスリン投与ののちの血糖値が有意に高くインスリン抵抗性が認められた.このとき,対照マウスと比較して体重には有意な差はみられなかった.
 以上の結果から,PGRNの脂肪組織における発現および血中の濃度は肥満やインスリン抵抗性と相関することが示唆された.また,PGRNはインスリン抵抗性を誘導することが明らかとなった.

3.PGRNノックアウトマウスの解析

 高脂肪食による肥満およびインスリン抵抗性におけるPGRNの役割を明らかにするため,PGRNノックアウトマウス5) を高脂肪食のもと飼育した.PGRNの欠損は摂餌,行動,エネルギー消費には影響しなかったが,野生型マウスでは高脂肪食により明らかな内臓脂肪の蓄積が認められるのに対し,PGRNノックアウトマウスではこれがまったく認められなかった.脂肪組織を摘出しヘマトキシリン-エオシン染色および炎症マーカーMac-3による免疫組織化学染色を行ったところ,野生型マウスでは高脂肪食により脂肪細胞の肥大化と炎症細胞の浸潤が認められるのに対して,PGRNノックアウトマウスではこれらはほとんど観察されなかった.また,野生型マウスでは高脂肪食により明らかにインスリン抵抗性が認められるのに対しPGRNノックアウトマウスではインスリン抵抗性がみられなかったため,PGRNの欠損は高脂肪食によるインスリン抵抗性ならびに肥満を完全に抑制することが示された.

4.PGRNによるインスリン抵抗性の誘導に関与する機序の解明

 3T3-L1脂肪細胞に組換えPGRNを投与するとインスリンに依存的なIRS1およびAktのリン酸化,また,糖の取り込みが抑制された.一方,shRNAを発現するアデノウイルスを用いてPGRNの発現をノックダウンした3T3-L1脂肪細胞ではインスリンに依存的なIRS1およびAktのリン酸化,また,糖の取り込みが亢進した.また,PGRNをノックダウンした3T3-L1脂肪細胞ではTNFαによるインスリン抵抗性の誘導が抑制された.以上のことから,3T3-L1脂肪細胞においてPGRNはインスリンシグナルを障害することが明らかになった.
 PGRNによるインスリン抵抗性の誘導に関与する機序を調べるため,PGRNをノックダウンした細胞を用いて脂肪細胞の増殖分化に関与する因子や炎症性サイトカインの遺伝子の発現の変化を調べた.その結果,TNFαによるインターロイキン6の発現誘導がPGRNのノックダウンにより完全に阻害されることがわかった.脂肪および肝細胞においてインターロイキン6はJAK-STATシグナルを介しSOCS3の発現を誘導しインスリンシグナルを障害することが報告されている6)図1).そこで,インターロイキン6シグナルを構成するタンパク質のPGRNによる影響について調べたところ,PGRNをノックダウンした細胞ではTNFαにより誘導されるSTAT3のリン酸化およびSOCS3の発現が有意に抑制されることがわかった.また,3T3-L1脂肪細胞に組換えPGRNを投与することによりインターロイキン6とSOCS3の発現が亢進したため,PGRNはインターロイキン6を介してインスリンシグナルを障害することが示唆された(図1).

figure1

5.PGRNを介するインスリン抵抗性におけるインターロイキン6の関与

 インターロイキン6の血中における濃度は肥満や糖尿病患者において上昇することが知られており7),脂肪組織が肥満におけるインターロイキン6濃度の上昇に対し主要に寄与することが報告されている8).PGRNノックアウトマウスにおいて脂肪組織における高脂肪食によるインターロイキン6の発現および血中濃度の上昇は有意に抑制された.また,脂肪組織や肝臓におけるSOCS3の発現も完全に抑制された.PGRNを慢性投与したマウスにおけるインスリン抵抗性はインターロイキン6の中和抗体の投与により有意に改善されたことから,PGRNはインターロイキン6を介してインスリン抵抗性をひき起こすことが示唆された.

おわりに

 PGRNは前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)に関与する遺伝子産物として報告されており9),最近では,関節リウマチの治療標的となるタンパク質としても着目されている10).今回の研究成果により,PGRNはインスリン抵抗性のバイオマーカーとしてのみならず,創薬の標的タンパク質としてインスリン抵抗性と肥満に対する新たな治療法につながるものと期待される.

文 献

  1. Kahn, B. B. & Flier, J. S.: Obesity and insulin resistance. J. Clin. Invest., 106, 473-481 (2000)[PubMed]
  2. Sakoda, H., Ogihara, T., Anai, M. et al.: Dexamethasone-induced insulin resistance in 3T3-L1 adipocytes is due to inhibition of glucose transport rather than insulin signal transduction. Diabetes, 49, 1700-1708 (2000)[PubMed]
  3. Matsuo, E., Watanabe, M., Kuyama, H. et al.: A new strategy for protein biomarker discovery utilizing 2-nitrobenzenesulfenyl (NBS) reagent and its applications to clinical samples. J. Chromatogr. B Analyt. Technol. Biomed. Life Sci., 877, 2607-2614 (2009)[PubMed]
  4. Bateman, A. & Bennett, H. P. J.: Granulins: the structure and function of an emerging family of growth factors. J. Endocrinol., 158, 145-151 (1998)[PubMed]
  5. Kayasuga, Y., Chiba, S., Suzuki, M. et al.: Alteration of behavioral phenotype in mice by targeted disruption of the progranulin gene. Behav. Brain Res., 185, 110-118 (2007)[PubMed]
  6. Shi, H., Klover, P. J., Nowak, I. A. et al.: Suppressor of cytokine signaling-3 is a physiological regulator of adipocyte insulin signaling. J. Biol. Chem., 279, 34733-34740 (2004)[PubMed]
  7. Kern, P. A., Ranganathan, S., Li, C. et al.: Adipose tissue tumor necrosis factor and interleukin-6 expression in human obesity and insulin resistance. Am. J. Physiol. Endocrinol. Metab., 280, E745-E751 (2001)[PubMed]
  8. Mohamed-Ali, V., Goodrick, S., Rawesh, A. et al.: Subcutaneous adipose tissue releases interleukin-6, but not tumor necrosis factor-α, in vivo. J. Clin. Endocrinol., 82, 4196-4200 (1997)[PubMed]
  9. Cruts, M. & Van Broeckhoven, C.: Loss of progranulin function in frontotemporal lobar degeneration. Trends Genet., 24, 186-194 (2008)[PubMed]
  10. Tang, W., Lu, Y., Tian, Q. Y. et al.: The growth factor progranulin binds to TNF receptor and is therapeutic against inflammatory arthritis in mice. Science, 332, 478-484 (2011)[PubMed]

生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール

松原 稔哉(Toshiya Matsubara)
略歴:2005年 大阪大学大学院理学研究科博士後期課程 修了,同年より島津製作所 研究員,2008年より神戸大学大学院医学研究科 客員研究員.
研究テーマ:インスリン抵抗性関連タンパク質の探索と機能解析.
抱負:疾患の治療診断につながる研究により,健やかなるときも病めるときも,万人が生き甲斐と希望をもちつづけ,安心して生活できる社会の実現に貢献したい.

西村 紀(Nishimura Osamu)
神戸大学大学院医学研究科 客員教授.

清野 進(Seino Susumu)
神戸大学大学院医学研究科 教授.
研究室URL:http://www.med.kobe-u.ac.jp/phys1/

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