心不全はp53に依存性の脂肪老化および炎症を促進しインスリン抵抗性を惹起する
2012年1月23日
南野 徹・清水逸平
(千葉大学大学院医学研究院 循環病態医科学講座)
email:南野 徹
Ippei Shimizu, Yohko Yoshida, Taro Katsuno, Kaoru Tateno, Sho Okada, Junji Moriya, Masataka Yokoyama, Aika Nojima, Takashi Ito, Rudolf Zechner, Issei Komuro, Yoshio Kobayashi, Tohru Minamino
Cell Metabolism, 15, 51-64 (2012)
要 約
多くの臨床研究において,心不全とインスリン抵抗性および糖尿病との関連性が示唆されているが,その分子機構については明らかでなかった.この研究において,筆者らは,心不全がp53に依存性の脂肪老化を誘導することにより炎症を惹起し,インスリン抵抗性の増悪に関与することを示した.心不全を誘導すると,交感神経系の活性化にともない脂肪組織における脂肪融解が誘導された.その結果,酸化ストレスの亢進とともにp53の活性化とそれにともなう脂肪組織の炎症が誘導され,全身性のインスリン抵抗性の増悪がみられた.脂肪組織の脂肪融解を交感神経の切断や薬理学的な遮断により阻害することで,心不全による脂肪老化は抑制され糖代謝も改善した.脂肪組織に特異的なp53活性化の抑制は心不全による脂肪炎症とインスリン抵抗性を改善するだけでなく,心不全にともなう心機能の低下を改善した.これらの結果は,心不全にともなう交感神経系の亢進がp53に依存性の脂肪老化を発端とする代謝および心機能の異常の悪循環を誘導することを示しており,脂肪老化の制御が今後の治療標的となりうることを示唆していた.
はじめに
p53はテロメアの短縮や酸化ストレス,DNA損傷など,がんの形成を促進するような刺激により活性化されることが知られている.p53はその活性化にともないDNA修復や細胞老化,アポトーシスなどを誘導することにより染色体の恒常性の維持を制御し,がん抑制遺伝子産物として機能する.一方,p53は循環器疾患や代謝性疾患など加齢に関連する疾患の病態にも関与していることが明らかになってきた(図1).たとえば,加齢にともないp53の標的タンパク質の発現亢進が認められるようになること,持続的なp53の活性化はマウスにおいて早老症の形質を発現することが報告されている.p53の活性化は老化血管や不全心にも認められ,それぞれ動脈硬化や心不全の発症および進展に関与する1-3).さらに,p53は細胞内代謝の制御に関与するだけでなく,過剰な栄養摂取においては脂肪老化とそれにともなう炎症を促進し,全身性のインスリン抵抗性を惹起することなどが知られている4).
多くの臨床研究から,心不全と糖尿病,とくに,インスリン抵抗性との関連性が示唆されている5-7).たとえば,心機能に異常のない症例においてインスリン抵抗性の存在は心不全の発症の危険因子となりうること,また,インスリン感受性が低下していると20年後の心不全の発症率が高いことなども示されている.これらの臨床データは,インスリン抵抗性の発現が心不全の発症に先んじており,単に心不全にともなっているわけではないことを示している.報告によると,心筋組織におけるインスリン抵抗性が心不全にともなう心筋代謝異常の病態において重要な役割をはたしており,心不全の発症および進展にかかわるとされている8,9).最近では,不全心においてインスリンシグナルが活性化されており,このような過剰なシグナルが心機能の異常に関与しうることも報告されている10).
逆に,心不全が全身性のインスリン抵抗性を惹起することを示唆するデータも存在する.インスリン感受性の低下や糖代謝の異常の認められる割合は心不全の患者において有意に高いことが示されている.また,心不全の存在から将来的な糖尿病の発症を予測しうることも示されている.しかしながら,心不全とインスリン抵抗性とが相互に関与しあう分子機序については明らかになっていない.この研究では,心不全にともなうp53に依存性の脂肪老化がインスリン抵抗性の発症や心不全のさらなる進展に関与していることを明らかにした.
1.心不全により脂肪組織のp53活性化と炎症が惹起される
心不全とインスリン抵抗性について調べるのに2つの心不全モデル,圧負荷モデルと急性心筋梗塞モデルを用いた.この2つの心不全モデルにおいてインスリン感受性の低下や耐糖能の異常が認められ,それらの異常は脂肪組織における炎症性サイトカインの発現亢進やマクロファージの浸潤といった炎症形質をともなっていた.これらの炎症や代謝異常はTNFαに対する中和抗体による治療により一部改善を認めたことから,心不全による脂肪組織の炎症亢進が全身性のインスリン抵抗性の発症に関与しているものと考えられた(図2).
コンピューター断層撮影(CT)などによる解析から心不全により脂肪組織における脂肪融解が亢進していることが観察された.このような心不全にともなう脂肪融解には交感神経系の活性化が重要であると考えられているが,実際に,心不全モデルにおいても脂肪組織のノルアドレナリン濃度の上昇と遊離脂肪酸レベルの増加が確認された.過剰な遊離脂肪酸はp53を活性化すること,脂肪組織におけるp53の活性化は炎症を惹起することなどが報告されている.そこで,心不全モデルにおいてp53の発現レベルをみてみると,心不全の誘導ののちに脂肪組織においてp53が活性化されていること,マクロファージの浸潤や炎症性サイトカインの発現が亢進しインスリン抵抗性が惹起されていることが観察された.これらの代謝異常や炎症形質の亢進は脂肪組織に特異的なp53ノックアウトマウスでは認めなかったことから,心不全にともなうインスリン抵抗性の発症にはp53に依存性の脂肪老化とそれにともなう炎症形質の亢進が関与していることが明らかになった(図2).
2.交感神経系の活性化による脂肪融解がp53に依存性の脂肪老化および炎症を誘導する
心不全モデルにおける交感神経系の活性化とp53に依存性の脂肪老化の関連性について調べるため,脂肪組織に分布する交感神経の切断の効果について検討した.交感神経の切断により心不全の誘導による脂肪組織における交感神経系の活性化は抑制され,脂肪融解は抑制された.さらに,脂肪組織におけるp53の活性化とサイトカインの発現亢進などの炎症形質も抑制され,糖代謝の異常の改善が認められた.薬理学的な交感神経の遮断によっても同様の効果が認められたことから,脂肪融解がp53の活性化に重要であることが示唆された.
さらに,脂肪融解の重要性について検証するため,マウスに脂肪融解の抑制薬を投与し心不全を誘導した.その結果,心不全にともなう脂肪融解は抑制され,p53の活性化とそれにともなう脂肪炎症やインスリン抵抗性などの代謝異常は改善した.逆に,βアゴニストにより脂肪融解を促進すると脂肪組織におけるp53の活性化と炎症形質の亢進が認められた.脂肪融解を制御するリパーゼの欠損によりβアゴニストによる脂肪融解は抑制され,p53の活性化も抑制されたことから,交感神経系の活性化による脂肪融解とp53に依存性の脂肪老化および炎症には密接な関連があるものと考えられた(図2).
3.p53に依存性の脂肪老化および炎症の制御により心機能の異常は改善する
つぎに,脂肪組織におけるp53の活性化と心機能の異常の関連性について検証した.その結果,脂肪組織に特異的なp53の欠損は心不全にともなう代謝異常を改善するだけでなく,慢性期の心機能の異常や生存率を改善した.このような改善は,心不全の誘導ののちp53阻害薬を脂肪組織に投与することによっても観察された.さらに,交感神経の切断や薬理学的な遮断によっても心不全の誘導ののち心機能は改善した.以上の結果より,p53に依存性の脂肪老化の制御は心不全の新たな治療標的となりうることが示された.
4.心不全にともなうp53に依存性の脂肪老化と炎症形質の亢進の分子機序
これまでのマウスモデルの結果から,過剰な遊離脂肪酸がp53の活性化に関与していることが予想された.そこで,培養脂肪細胞に対するパルミチン酸の影響について調べた.パルミチン酸により培養細胞を処理すると活性酸素種の蓄積とそれにともなうDNA損傷やp53の活性化が認められた.これらの変化は抗酸化剤による処理により抑制された.また,パルミチン酸により誘導されるp53の活性化にともない,NF-κBの転写活性の亢進とその標的遺伝子の産物である炎症性サイトカインの発現亢進がみられた.これらの炎症形質の変化はp53の活性阻害やNF-κBの転写活性の阻害により改善した.DNA損傷は心不全モデルにおける脂肪組織においても認められた.また,NF-κBの転写活性の亢進も心不全モデルにおける脂肪組織において認められたが,脂肪組織に特異的なp53の欠損により抑制されたことから,心不全によるp53に依存性の脂肪老化がNF-κBの転写活性化を介して炎症形質の亢進と代謝異常をひき起こしているものと考えられた.
おわりに
この研究により,筆者らは,心不全が脂肪組織におけるp53の活性化とそれにともなう炎症形質の亢進により,全身性のインスリン抵抗性を惹起していることを明らかにした.p53の活性化には交感神経系の活性化による脂肪融解が重要な役割をはたしていた.このような代謝異常は心不全における心機能の低下を促進することから,心不全とそれにともなう代謝異常には悪循環の機序が存在し,p53に依存性の脂肪老化の制御が心不全の新たな治療標的となりうることが示された(図2).興味深いことに,非選択的なβアンタゴニスト(脂肪融解に関与するβ3の阻害を含む)は心筋組織に特異的なβ1アンタゴニストによる治療よりも心不全の予後を改善すること,また,糖尿病の発症を抑制することが大規模な臨床試験により明らかになっている.また,心不全モデルマウスにおいてインスリン抵抗性の改善薬はその心機能を改善させること,逆に,インスリン強化療法は糖尿病患者の心不全の発症率を増加させることなどが報告されている.これらの知見は,心不全の治療における脂肪老化の制御の重要性を示唆しており,今後,さらなる検証が必要であると考えられる.
文 献
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- Shimizu, I., Minamino, T., Toko, H. et al.: Excessive cardiac insulin signaling exacerbates systolic dysfunction induced by pressure overload in rodents. J. Clin. Invest., 120, 1506-1514 (2010)[PubMed]
著者プロフィール
略歴:1997年 東京大学大学院医学系研究科より医学博士号 取得,同年 米国Harvard Medical Schoolリサーチフェロー,2000年 帝京大学医学部 助手,2001年 千葉大学大学院医学研究院 助手を経て,2010年より同 講師.
抱負:寿命の制御による生活習慣病の治療の開発を実現したい.
清水 逸平(Ippei Shimizu)
千葉大学大学院医学研究院 医員.
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