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ショウジョウバエにおいて生殖細胞のメス化を決定する遺伝子の同定

2011年7月13日

橋山一哉・小林 悟
(基礎生物学研究所 発生遺伝学研究部門)
email:橋山一哉
DOI: 10.7875/first.author.2011.110

Drosophila Sex lethal gene initiates female development in germline progenitors.
Kazuya Hashiyama, Yoshiki Hayashi, Satoru Kobayashi
Science, 333, 885-888 (2011)

要 約

 生殖細胞における性決定の機構,すなわち,精子に分化するか卵(卵子)に分化するかの運命決定の機構はこれまで十分には明らかにされてこなかった.マウスやショウジョウバエにおいては生殖細胞の性は生殖巣を構成する体細胞の性に依存して非自律的に決まると考えられてきた.筆者らは,ショウジョウバエでは生殖巣を形成する以前の始原生殖細胞においてメスの胚に特異的にSxl遺伝子が発現していることを見い出した.さらに,メスの胚の始原生殖細胞においてSxl遺伝子の機能を抑制すると卵を形成できなくなること,逆に,本来はSxl遺伝子を発現しないオスの胚の始原生殖細胞においてSxl遺伝子を強制発現してメスの個体の生殖巣に移植すると完全に機能的な卵に分化することを明らかにした.以上の成果は,生殖細胞には自律的な性決定機構が存在し,Sxl遺伝子が生殖細胞のメス化のためのマスター遺伝子であることを示していた.

はじめに

 生物を構成する細胞は,個体をつくる体細胞と次世代に命をつなぐ生殖細胞とに大きく分けられる.多くの動物において体細胞にオスとメスの区別があるように,生殖細胞にも精子に分化するかあるいは卵に分化するかという性の区別が存在する.これまでの研究から,生殖細胞の性は体細胞の性とは異なる機構により決定されることが明らかになっている.そのような動物のひとつであるショウジョウバエでは,体細胞の性決定は以下のとおりに進行する(図1).初期の胚の発生過程において,メスに特異的にSex lethalSxl)遺伝子の初期プロモーターからの転写が起こり初期Sxlタンパク質が産生される1,2).そののち,オスおよびメスにおいて後期プロモーターから後期Sxl mRNAが転写されると,初期Sxlタンパク質による選択的スプライシングによりメスの個体でのみ機能的な後期Sxlタンパク質が産生される1,2).後期Sxlタンパク質は下流のtransformertra)遺伝子やdoublesexdsx)遺伝子を介して体細胞をメスに決定し,機能的な後期Sxlタンパク質の産生されない体細胞はオスとしての性決定をうける1,2).しかしながら,tra遺伝子やdsx遺伝子は生殖細胞の性決定には関与せず,生殖細胞の性は体細胞とは異なる機構により決まるものと考えられてきた3,4).では,どのような機構で生殖細胞(始原生殖細胞)の性は決定されているのであろうか.

figure1

 これまでの研究から,始原生殖細胞の性の決定には生殖巣へと移動したのちに生殖巣を構成する体細胞からの影響が必要であることが明らかになっている.オスの胚において,生殖巣を構成する体細胞からのJAK/STATシグナル(オス化シグナル)により生殖巣の始原生殖細胞のオス化は誘導され,このシグナルをうけない始原生殖細胞はメス化するものと考えられてきた5,6).しかし,このような始原生殖細胞をとりまく環境からの(非自律的な)影響だけでなく,生殖細胞それ自体が性を決定する(自律的な)機構の存在も予想されており,その実体の解明が待たれていた7)

1.偶然に発見された始原生殖細胞の性差

 これまで筆者らのグループは,生殖細胞ではたらく遺伝子を同定する目的でショウジョウバエの胚からセルソーターにより始原生殖細胞を単離しマイクロアレイ解析を行ってきた.その結果,始原生殖細胞では体細胞と比較しSUMO化にかかわる5つの遺伝子が高発現していることが明らかになった8)in situハイブリダイゼーション解析により,これら5つの遺伝子が胚の発生過程をつうじ始原生殖細胞において高発現していることを確認した8).さらに,SUMO化の機能を明らかにする目的で,この5つの遺伝子のうちショウジョウバエのUbc9をコードするlesswrightlwr)遺伝子のドミナントネガティブ型変異を始原生殖細胞において発現させると,メスの個体でのみ生殖細胞が失われることを見い出した.これは,メスの個体でのみ,始原生殖細胞が生殖巣へと到達するよりも早くアポトーシスを起こすことが原因であった.この結果は,生殖巣に到達する以前の発生段階で始原生殖細胞に明確な性差が存在することを示していた.さらに,この性差は生殖巣を構成する体細胞の有無や体細胞の性には依存しないことから,生殖細胞に自律的に決定されているものと予想した.

2.初期Sxl遺伝子はメスの胚の始原生殖細胞で発現する

 生殖巣に到達する以前の発生段階で始原生殖細胞の性差が自律的に決定されるのであれば,始原生殖細胞において性を決定する遺伝子が性に特異的に発現するはずである.そこで,体細胞の性決定にかかわるSxl遺伝子に注目した.その理由は単純で,始原生殖細胞におけるSxl遺伝子の初期プロモーターからの転写はこれまで十分に解析されていなかったからである.そこで,Sxl遺伝子の初期プロモーターからの転写産物(初期Sxl mRNA)に特異的なプローブを用いてin situハイブリダイゼーション解析を行いその発現を調べた.その結果,生殖巣へと移動の途中の始原生殖細胞において初期Sxl mRNAが一過的に検出された.さらに重要な点は,この発現がメスの始原生殖細胞にかぎられていたことであった.
 以上の結果は,Sxl遺伝子が始原生殖細胞の自律的なメス化に関与することを予想させたが,悩ましいことに,Sxl遺伝子は始原生殖細胞の性決定(メス化)におけるマスター遺伝子ではないというのが定説であった.これは,1989年に報告された始原生殖細胞の移植実験の結果をうけてのものである9).この論文によると,機能欠損型Sxl遺伝子をメスの始原生殖細胞(XX始原生殖細胞)に導入し正常なメスの個体に移植しても卵巣において卵を形成することはできない(その代わり,精子の形成を開始する)(図2).これは,XX始原生殖細胞であってもSxl遺伝子の機能を欠くと細胞自律的なメス化の起こらないことを示しており,筆者らの考えとはうまく合致する.しかし,機能獲得型Sxl遺伝子変異をオスの始原生殖細胞(XY始原生殖細胞)に導入しても,その細胞は卵巣において卵を形成することはない(図2).機能獲得型Sxl遺伝子変異はオスの個体(体細胞)をメスに完全に性転換させる能力をもっており,オスおよびメスの両性の体細胞において機能的なSxlタンパク質を産生することが明らかになっていた.このことは,機能的なSxlタンパク質が存在してもXY始原生殖細胞はメス化しないということになる.

figure2

 機能獲得型Sxl遺伝子変異の導入により,始原生殖細胞でもオスメスを問わず機能的なSxlタンパク質が発現するのだろうか.これが,筆者らがまず疑った点である.過去の論文から,機能獲得型Sxl遺伝子変異体ではオスに特異的なエキソンに変異がみられ,Sxl遺伝子の後期プロモーターから転写されるmRNAの選択的スプライシングがオスメスを問わずメス型となる10).しかし,機能獲得型Sxl遺伝子変異体において変異のみられるオスに特異的なエキソンは初期Sxl mRNAには含まれない10)図1b).このことから,機能獲得型Sxl遺伝子変異はSxl遺伝子の初期プロモーターからのメスに特異的な転写には影響しないのではないかと考えた.実際に,機能獲得型Sxl遺伝子変異体において初期Sxl mRNAの発現を調べてみると,始原生殖細胞ではメスにかぎってその発現が観察された.すなわち,機能獲得型Sxl遺伝子変異は始原生殖細胞におけるメスに特異的な初期Sxl遺伝子の発現には影響をあたえていなかったのである.

3.初期Sxl遺伝子は生殖細胞のメス化に必要かつ十分である

 以上の結果をふまえ,始原生殖細胞におけるSxl遺伝子の機能について独自に調べはじめた.まず,RNAi法を用い始原生殖細胞において特異的にSxl遺伝子の機能を抑制すると,XX始原生殖細胞は卵形成を行うことができず,代わりに卵巣に精母細胞様の腫瘍を形成することが明らかになった.この結果は,始原生殖細胞のメス化にSxl遺伝子の機能が自律的に必要であることを示していた.
 一方,本来はSxl遺伝子を発現しないXY始原生殖細胞においてSxl遺伝子を強制発現しメスの個体に移植したところ,移植された始原生殖細胞は卵を形成することがわかった(図2).さらに驚くべきことに,このXY始原生殖細胞に由来する卵は受精することにより次世代をも生み出すことが明らかになったのである.以上の結果は,始原生殖細胞のメス化にSxl遺伝子の機能が必要かつ十分であることを示していた.すなわち,Sxl遺伝子は始原生殖細胞がメス化するためのマスター遺伝子としてはたらいていることがはじめて明らかになったのである.
 筆者らの成果とこれまでの報告を考えあわせると,生殖細胞の性決定は2段階で進行するものと考えられた(図3).メスの個体において始原生殖細胞はSxl遺伝子を発現しメス化する.この始原生殖細胞はメスの生殖巣に取り込まれて卵の形成を行う.一方,オスの個体において始原生殖細胞はSxl遺伝子を発現しない.この始原生殖細胞がオスの生殖巣に入ると生殖巣を構成する体細胞からのオス化シグナルの影響によりオスの性を獲得する.すなわち,生殖細胞の性は生殖巣の形成よりまえのメスに特異的なSxl遺伝子の発現と,生殖巣を構成する体細胞からのオス化シグナルという2段階で決定されるというモデルである.

figure3

おわりに

 生殖細胞における自律的な性の決定機構の存在はマウスにおいても予想されていた6).また,生殖巣を含む中胚葉をもたない腔腸動物のヒドラでは,生殖細胞のみに性が存在し体細胞には性差が観察されない11,12).このことは,生殖細胞に自律的な性の決定機構は進化的には古く,生殖巣を構成する体細胞からの非自律的な制御機構は中胚葉の出現とともに新たに獲得された機構であることを予想させる.今後,Sxl遺伝子の下流ではたらく遺伝子を同定することで,ほかの動物を含めた生殖細胞の性決定機構の全貌が明らかになるものと期待される.

文 献

  1. Camara, N., Whitworth, C., Van Doren, M.: The creation of sexual dimorphism in the Drosophila soma. Curr. Top. Dev. Biol., 83, 65-107 (2008)[PubMed]
  2. Salz, H. K., & Erickson, J. W.: Sex determination in Drosophila: The view from the top. Fly, 4, 60-70 (2010)[PubMed]
  3. Marsh, J. L. & Wieschaus, E.: Is sex determination in germ line and soma controlled by separate genetic mechanisms? Nature, 272, 249-251 (1978)[PubMed]
  4. Schupbach, T.: Autosomal mutations that interfere with sex determination in somatic cells of Drosophila have no direct effect on the germline. Dev. Biol., 89, 117-127 (1982)[PubMed]
  5. Wawersik, M., Milutinovich, A., Casper, A. L. et al.: Somatic control of germline sexual development is mediated by the JAK/STAT pathway. Nature, 436, 563-567 (2005)[PubMed]
  6. Casper, A. & Van Doren, M.: The control of sexual identity in the Drosophila germline. Development, 133, 2783-2791 (2006)[PubMed]
  7. Hempel, L. U., Kalamegham, R., Smith III, J. E. et al.: Drosophila germline sex determination: integration of the germline autonomous cues and somatic signals. Curr. Top. Dev. Biol., 83, 109-150 (2008)[PubMed]
  8. Hashiyama, K., Shigenobu, S. & Kobayashi, S.: Expression of genes involved in sumoylation in the Drosophila germline. Gene Expr. Patterns, 9, 50-53 (2009)[PubMed]
  9. Steinmann-Zwicky, M., Schmid, H. & Nothiger, R.: Cell-autonomous and inductive signals can determine the sex of the germ line of Drosophila by regulating the gene Sxl. Cell, 57, 157-166 (1989)[PubMed]
  10. Bernstein, M., Lersch, R. A., Subrahmanyan, L. et al.: Transposon insertions causing constitutive Sex-lethal activity in Drosophila melanogaster affect Sxl specific transcript splicing. Genetics, 139, 631-648 (1995)[PubMed]
  11. Littlefield, C. L.: The interstitial cells control the sexual phenotype of heterosexual chimeras of hydra. Dev. Biol., 102, 426-432 (1984)[PubMed]
  12. Campbell, R. D.: Sex determination in Hydra: roles of germ cells (interstitial cells) and somatic cells. J. Exp. Zool., 234, 451-458 (1985)

生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール

橋山 一哉(Kazuya Hashiyama)
略歴:2008年 総合研究大学院大学生命科学研究科 修了,2009年より基礎生物学研究所 リサーチフェロー.
研究テーマ:生殖系列の発生機構.
関心事:生殖系列の性決定機構の進化.

小林 悟(Satoru Kobayashi)
基礎生物学研究所 教授.

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