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エンドサイトーシスを制御する新しい技術により明らかにされた小脳における長期抑圧と運動学習との因果関係

掛川 渉1・柚崎通介1・松田信爾2
1慶應義塾大学医学部 生理学教室,2電気通信大学大学院情報理工学研究科 基盤理工学専攻)
email:柚崎通介松田信爾
DOI: 10.7875/first.author.2018.088

Optogenetic control of synaptic AMPA receptor endocytosis reveals roles of LTD in motor learning.
Wataru Kakegawa, Akira Katoh, Sakae Narumi, Eriko Miura, Junko Motohashi, Akiyo Takahashi, Kazuhisa Kohda, Yugo Fukazawa, Michisuke Yuzaki, Shinji Matsuda
Neuron, 99, 985-998.e6 (2018)




要 約


 シナプス可塑性は記憶や学習をささえる分子基盤であると考えられている.これまでの研究により,代表的なシナプス可塑性のひとつである長期抑圧は,シナプス伝達を担うAMPA受容体のエンドサイトーシスによりひき起こされることがわかっていた.しかし,長期抑圧あるいはAMPA受容体のエンドサイトーシスそれ自体が記憶や学習を直接に制御するのかという根本的な問題については未解明のままであった.この研究において,筆者らは,AMPA受容体のエンドサイトーシスを光により制御するまったく新しい光遺伝学的なツールPhotonSABERを開発した.小脳のプルキンエ細胞において特異的にPhotonSABERを発現する遺伝子改変マウスを作製し,小脳の急性切片に長期抑圧をひき起こす刺激をあたえたところ,光の照射に依存して長期抑圧が阻害された.また,小脳の片葉に光を照射したところ,眼球運動の学習および学習にともない起こるAMPA受容体のエンドサイトーシスが阻害された.以上の結果から,AMPA受容体のエンドサイトーシスと長期抑圧は,脳の切片のみでなく個体のレベルにおいても小脳に依存的な運動学習を制御することが直接的に証明された.

はじめに


 脊椎動物の中枢神経系における速い興奮性のシナプス伝達はおもにAMPA受容体により担われており,その伝達の効率は神経活動に依存して変化する.この現象はシナプス可塑性とよばれており,記憶や学習といった高次の脳機能をささえる細胞のレベルの基盤と考えられ,その分子機構について精力的な研究がなされてきた.これまでの研究により,シナプス可塑性の分子実体は,シナプス後部に発現するAMPA受容体の数の変化であることが知られている(図1a).シナプス可塑性の代表例のひとつである長期増強(long-term potentiation:LTP)は,AMPA受容体がエキソサイトーシスによりシナプス後部に輸送され,情報伝達に関与する受容体の数が増加することによりひき起こされる.一方,長期増強の逆過程とされる長期抑圧(long-term depression:LTD)の分子実体は,シナプス後部に存在するAMPA受容体の選択的なエンドサイトーシスであることが明らかにされている1).これまで,筆者らは,長期抑圧がひき起こされる際にAMPA受容体はまず初期エンドソームに輸送され,そののち,後期エンドソームおよびリソソームヘと輸送されることを明らかにしてきた2).このように,シナプス可塑性がひき起こされる分子機構は明らかにされつつあるが,AMPA受容体の輸送が個体のレベルの記憶や学習を直接的に制御するのかといった根本的な問題については,いまもなお不明な点が多い.これまで,長期増強や長期抑圧にかかわる遺伝子を欠損させたマウスにおいて,長期増強や長期抑圧の阻害とともに,記憶や学習の過程が変化する例が多く報告されている.しかし,遺伝子の改変によりひき起こされた長期増強や長期抑圧の異常が直接に個体のレベルでの記憶や学習の能力に障害をおよぼしたのか,あるいは,神経回路の形成などシナプス可塑性以外の神経機能に影響したことで異常が起こったのか,については明らかにされていない.この研究において,筆者らは,長期抑圧の分子実体であるAMPA受容体のエンドサイトーシスを時空間的に直接に制御するまったく新しい光遺伝学的な技術を開発し,この技術を用いて長期抑圧と記憶や学習との因果関係を解明した.




1.光によりエンドサイトーシスを阻害する技術の開発


 長期抑圧がひき起こされる際にAMPA受容体はまず初期エンドソームに輸送されることから,初期エンドソームの機能が長期抑圧に重要であることが考えられた.それゆえ,初期エンドソームの機能を光により制御することにより,長期抑圧を任意の時期に阻害できる可能性がある.初期エンドソームはプロトンを取り込むことにより内部が酸性化されること,そして,その酸性化が初期エンドソームの機能および成熟化に必須であることに着目し3),初期エンドソームにおいて光に依存性のプロトンポンプを発現させ,光によりその機能を制御する技術を開発した.この目的のためには,光により初期エンドソームの内部から細胞質へとプロトンを輸送するタンパク質が必要となる.シアノバクテリアの一種であるアナベナのもつセンサリーロドプシン(Anabaena sensory rhodopsin:ASR)の変異体のひとつは,光に依存して細胞の外から細胞の内部へとプロトンを輸送することが報告されている4).そこで,このプロトンポンプと初期エンドソームに局在するClC5との融合タンパク質をコードするcDNAを作製し,HEK293細胞,COS細胞,培養海馬ニューロンに発現させたところ,光の照射に依存して急速かつ可逆的に初期エンドソームの内部の酸性化を阻害することが示された.そこで,この融合タンパク質を培養海馬ニューロンあるいは小脳のプルキンエ細胞に発現させ,長期抑圧をひき起こす刺激をあたえた.その結果,光を照射しない条件ではAMPA受容体のエンドサイトーシスがひき起こされたが,光を照射した条件ではAMPA受容体のエンドサイトーシスは有意に阻害された.そこで,この融合タンパク質を,PhotonSABER(photon sensitive ASR based endocytosis regulator)と名づけた.

2.PhotonSABERノックインマウスへの光の照射による小脳における長期抑圧の阻害


 PhotonSABERをコードするcDNAをloxP配列にはさまれた終止コドンとともにROSA26遺伝子座に導入したノックインマウスを作製し,小脳のプルキンエ細胞に特異的にCreリコンビナーゼを発現するマウスと交配することにより,プルキンエ細胞に特異的なPhotonSABERノックインマウスを作製した.このノックインマウスにおいて,小脳のプルキンエ細胞の初期エンドソームに特異的にPhotonSABERの局在することが免疫組織化学的な手法により確認された.このノックインマウスから作製した小脳の急性切片を用いて,長期抑圧が光により制御されるかどうか解析した.小脳のプルキンエ細胞は平行線維と登上線維という2種類の興奮性の入力をうけており,これらの入力が同時かつくり返し入ると,そののち,平行線維シナプスにおいて長期抑圧が起こる.平行線維シナプスおよび登上線維シナプスにおいて基底状態での伝達の効率は光による影響をうけず,また,光を照射していない状態では正常に長期抑圧がひき起こされた.しかし,光を照射した条件では小脳において長期抑圧がいちじるしく阻害された(図1b).これに対し,光を照射した状態であっても,長期増強は正常にひき起された.また,光を照射して長期抑圧を阻害したプルキンエ細胞に対し,光の照射ののち,もういちど長期抑圧をひき起こす刺激をあたえると正常に長期抑圧がひき起こされることも明らかにされた.これらの結果から,PhotonSABERを発現する小脳のプルキンエ細胞への光の照射は長期抑圧を特異的かつ可逆的に阻害することが明らかにされた.一方,長期抑圧をひき起したプルキンエ細胞に対し光を照射してもシナプスの応答は基底状態にはもどらなかったことから,PhotonSABERは長期抑圧の維持の過程には影響をおよぼさないことが示唆された.

3.PhotonSABERノックインマウスへの光の照射による運動学習の低下


 視機性眼球反応や前庭動眼反射における眼球運動の適応の現象は,小脳に依存的な運動学習の代表例としてよく知られている.視機性眼球反応は外界の動きのみ,前庭動眼反射はそれにくわえ頭を回転させたときに,網膜の像が外界の動きによりブレないよう作用する眼球運動である.マウスの場合,視機性眼球反応は眼のまえに置いたパターン模様のスクリーンを水平方向にくり返し動かすことによりひき起こされる.前庭動眼反射はそれにくわえマウスを置いた台をスクリーンと逆の方向あるいは同じ方向に水平方向に動かすことによりひき起こされる.これまで,視機性眼球反応の学習や前庭動眼反射の適応は小脳の片葉における長期抑圧に依存してひき起こされると考えられてきた5,6).しかし,いくつかの遺伝子改変マウスにおいては,小脳の切片において長期抑圧が阻害されているにもかかわらず,個体のレベルでは視機性眼球反応の学習が正常に起こることが報告された一方7),同じ遺伝子改変マウスから作製した小脳の切片であっても実験条件の違いにより長期抑圧がひき起こされることも報告され8),議論がつづいていた.
 そこで,小脳における長期抑圧と運動学習との因果関係を明らかにするため,プルキンエ細胞に特異的なPhotonSABERノックインマウスにおいて長期抑圧の分子実体であるAMPA受容体のエンドサイトーシスを光により直接的に阻害し,視機性眼球反応の学習や前庭動眼反射の適応が影響をうけるかどうか解析した.小脳の片葉に光ファイバーを留置し,光を照射した条件あるいは照射しない条件において,視機性眼球反応の学習および前庭動眼反射の適応をひき起こした(図2).その結果,光を照射されていないマウスにおいては正常な視機性眼球反応の学習が観察されたが,光を照射されたマウスにおいて学習は有意に阻害された.また,光を照射しない条件において視機性眼球反応を学習させたマウスに対し,そののち光を照射しても学習の効果はキャンセルされなかったことから,学習の効果を維持する過程において小脳における長期抑圧は必ずしも必要ではないことも明らかにされた.さらに,視機性眼球反応の学習ののち,小脳の片葉の平行線維シナプスに存在するAMPA受容体の数を定量したところ,光を照射しない条件においては学習ののちAMPA受容体の数が減少していたが,光を照射した条件において減少は認められなかった.同様に,逆方向の前庭動眼反射の適応は小脳の片葉への光の照射により阻害されたが,同方向の前庭動眼反射の適応は影響をうけなかった.したがって,AMPA受容体のエンドサイトーシスをともなう小脳における長期抑圧が視機性眼球反応の学習および逆方向の前庭動眼反射の適応に直接的に関与することが示唆された.




おわりに


 この研究において,筆者らは,初期エンドソームの機能を時期に特異的かつ可逆的に阻害するまったく新しい光遺伝学なツールPhotonSABERを開発した.プルキンエ細胞に特異的なPhotonSABERノックインマウスにおいて,基底状態でのシナプス伝達に光の照射の影響はみられなかったが,小脳における長期抑圧は光に依存して阻害された.一方,長期増強やほかのシナプス可塑性に影響は認められなかった.このノックインマウスにおいて,小脳への光の照射が運動学習の成立を阻害したこと,また,運動学習にともなうAMPA受容体の減少が光の照射により阻害されたことから,小脳における長期抑圧が運動学習に直結することが明らかにされた.この研究における知見は,脳のさまざまな部位における長期抑圧と記憶や学習との因果関係を理解するうえで大きな糸口になるかもしれない.また,PhotonSABERは,アルツハイマー病,Angelman症候群,脆弱性X症候群など,長期抑圧に異常を呈すさまざまな精神神経疾患9,10) の病態の解明に貢献しうるものと期待される.

文 献



  1. Malinow, R. & Malenka, R. C.: AMPA receptor trafficking and synaptic plasticity. Annu. Rev. Neurosci., 25, 103-126 (2002)[PubMed]

  2. Matsuda, S., Kakegawa, W., Budisantoso, T. et al.: Stargazin regulates AMPA receptor trafficking through adaptor protein complexes during long-term depression. Nat. Commun., 4, 2759 (2013)[PubMed]

  3. Kozik, P., Hodson, N. A., Sahlender, D. A. et al.: A human genome-wide screen for regulators of clathrin-coated vesicle formation reveals an unexpected role for the V-ATPase. Nat. Cell Biol., 15, 50-60 (2013)[PubMed]

  4. Kawanabe, A., Furutani, Y., Jung, K. H. et al.: Engineering an inward proton transport from a bacterial sensor rhodopsin. J. Am. Chem. Soc., 131, 16439-16444 (2009)[PubMed]

  5. Ito, M., Yamaguchi, K., Nagao, S. et al.: Long-term depression as a model of cerebellar plasticity. Prog. Brain Res., 210, 1-30 (2014)[PubMed]

  6. Yuzaki, M.: Cerebellar LTD vs. motor learning-lessons learned from studying GluD2. Neural Netw., 47, 36-41 (2013)[PubMed]

  7. Schonewille, M., Gao, Z., Boele, H.J. et al.: Reevaluating the role of LTD in cerebellar motor learning. Neuron, 70, 43-50 (2011)[PubMed]

  8. Yamaguchi, K., Itohara, S. & Ito, M.: Reassessment of long-term depression in cerebellar Purkinje cells in mice carrying mutated GluA2 C terminus. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, 10192-10197 (2016)[PubMed]

  9. Collingridge, G. L., Peineau, S., Howland, J. G. et al.: Long-term depression in the CNS. Nat. Rev. Neurosci., 11, 459-473 (2010)[PubMed]

  10. Huganir, R. L. & Nicoll, R. A.: AMPARs and synaptic plasticity: the last 25 years. Neuron, 80, 704-717 (2013)[PubMed]


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著者プロフィール


掛川  渉(Wataru Kakegawa)
略歴:2003年 群馬大学大学院医学系研究科 修了,同年 米国St. Jude Children’s Research Hospital博士研究員,2004年 慶應義塾大学医学部 助手,2011年 同 専任講師を経て,2016年より同 准教授.
研究テーマ:記憶や学習の機構の解明およびその制御.
抱負:これからも新たな技術を駆使して未知の生命現象を明らかにしていきたい.

柚崎 通介(Michisuke Yuzaki)
慶應義塾大学医学部 教授.
研究室URL:http://www.yuzaki-lab.org/

松田 信爾(Shinji Matsuda)
電気通信大学大学院情報理工学研究科 准教授.
研究室URL:http://www.matsuda-lab.es.uec.ac.jp

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