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乳頭上核による前頭前野-視床-海馬回路の同期の制御

伊藤  博
(ドイツMax Planck Institute for Brain Research,Memory and Navigation Circuits Group)
email:伊藤 博
DOI: 10.7875/first.author.2018.087

Supramammillary nucleus modulates spike-time coordination in the prefrontal-thalamo-hippocampal circuit during navigation.
Hiroshi T. Ito, Edvard I. Moser, May-Britt Moser
Neuron, 99, 576-587.e5 (2018)




要 約


 動物が目的地へ到達するためには,現在地の情報のみならず,脳の空間地図にもとづく経路の決定が必要である.その際,脳の空間地図の一部をなすと考えられる海馬と,行動計画をつかさどる前頭前野との情報の交換が必要であると考えられてきた.一方で,こうした脳の領域のあいだの情報の伝達は,解剖学的な軸索の走行のみにより決まる静的なものではなく,行動の条件により変化する動的なものであることが知られてきた.脳の領域のあいだの動的な情報の伝達をささえる機構として,長年にわたり重要性が指摘されてきたものに,細胞外電位の振動の同期がある.実際に,これまで多くの研究において,行動課題の要求に応じて脳のさまざまな領域のあいだの同期が変化することが確認されてきた.しかし,同期の機構そのもの,つまり,領域のあいだの同期が時間的にどのように制御されるかという機構に関しては,これまで,ほとんど謎であった.この研究において,筆者らは,空間探索課題における経路の選択の際に,前頭前野と海馬をつなぐ視床を介した神経回路において振動の同期により情報の伝達が制御されることを確認し,さらに,前頭前野,視床,海馬の連絡が視床下部の乳頭上核により制御されることを証明した.

はじめに


 ラットがT字路において経路を選択する際,海馬の場所細胞が発火の頻度を変化させることにより,現在地のみならず,このさきの経路の情報をも表現することが知られていた1).筆者らの以前の研究により,ここでの経路の情報は,前頭前野からの行動計画の情報が視床結合核を介して海馬へと伝達されることにより生成されることがわかっていた2).一方で,これまでの実験から,前頭前野と海馬との機能の連携の重要性が指摘されており,さまざまな空間探索課題において前頭前野と海馬とのあいだの細胞外電位の振動の同期がみられることが知られていた3-6).これまで,この同期は海馬が前頭前野に情報を伝達する際に必要なものだと考えられてきたが,これまでの多くの研究において記録されてきた海馬の背側の領域には,解剖学的に前頭前野への直接的な投射はほとんどみられない7).その一方で,前頭前野から視床を介して海馬に影響をおよぼす神経回路は存在することから8),前頭前野と海馬のあいだの同期は,情報をこれまで考えられていたのとは逆方向である前頭前野から海馬へと伝達するのに重要なのではないかと推測した.

1.前頭前野および視床結合核におけるニューロンの発火は経路の選択の際に海馬のシータ波への同期を強める


 8の字型の迷路にてラットにT字路において交互に経路を選択させる課題を実施した.この空間探索課題では,T字路に近づく際(迷路の中央の幹道を走る際)には経路を選択する必要があるが,それ以外の領域では直線状のトラックをなぞって走ればよい.そのため,これら迷路の2つの領域を比較することにより,経路の選択という行動の必要性に応じた神経回路の動態の変化が観察されるのではないかと予想した.前頭前野および視床結合核それぞれのニューロンの発火のタイミングと海馬CA1野からの細胞外電位との関係を調べたところ,ラットが経路を選択する際に,発火のシータ波(振動数6~12 Hz)への同期が強まることが確認された.このような同期はガンマ波(振動数25~90 Hz)の領域ではみられなかった.これらの結果から,シータ波の前頭前野と海馬とのあいだの同期は,これまで考えられたように海馬から前頭前野への情報の伝達のみならず,逆方向の,前頭前野から海馬への視床結合核を介した情報の伝達に大きな影響をおよぼしうることが示唆された.

2.乳頭上核のニューロンは経路の選択の際に海馬CA1野のシータ波に対する発火のタイミングを変化させ同期を強める


 前頭前野,視床結合核,海馬と3つの領域のあいだの同期がみられたわけだが,これらの領域は非常に離れており,どのようにして発火のタイミングが制御されるのかが謎であった.そこで,この3つの領域すべてに解剖学的な投射のある乳頭上核に注目した9).乳頭上核の多くのニューロンはシータ波のリズムで発火するが,その発火のタイミングを同じくシータ波のリズムで発火することの知られている海馬の介在ニューロンの発火のタイミングと比較すると,ラットが経路の選択をする際に大きな違いのみられることがわかった.すなわち,行動の選択の際,乳頭上核のニューロンは海馬のシータ波に対する位相をずらすことにより,海馬の介在ニューロンの発火のタイミングとより強い相関をもっていた.その結果,乳頭上核のシータ波と海馬のシータ波との同期が強まるとともに,乳頭上核のニューロンの発火の海馬のシータ波への同期も強まった.これらの結果から,乳頭上核のシータ波は海馬のシータ波とは独立して制御されており,これらの同期を経路の選択という行動に対し特異的に強めることが確かめられた.

3.乳頭上核のニューロンの抑制は経路の選択の際に生じる発火の同期を損なわせる


 乳頭上核の同期への影響を直接的に調べるため,乳頭上核のニューロンを光遺伝学的な手法を用いて一時的に抑制した.さきに述べたように,抑制のまえには経路の選択の際,前頭前野および視床結合核の細胞外電位の振動は海馬のシータ波への同期を強めた.しかし,乳頭上核を抑制するとこうした経路の選択に応じた同期がみられなくなった.これはたんにシータ波そのものが減弱したわけではなく,シータ波の強度はおのおのの領域において保たれており,さらに,前頭前野および視床結合核のニューロンにおいて,領域それ自体のシータ波への制御は保たれていた.つまり,乳頭上核が変化させたものは,脳の領域のあいだの同期に特異的なものであることが証明された.

4.乳頭上核のニューロンの抑制は前頭前野から海馬への情報の伝達を損なわせる


 細胞外電位の振動の同期が脳の領域のあいだの情報の伝達にどのように影響するか調べた.筆者らの以前の研究により,この前頭前野-視床-海馬回路においては発火の頻度を変化させることによりこのさきの経路を表現することが知られていたので2),同じ方法を用いて情報の伝達を定量した.個々のニューロンごとにT字路に近づいて右方向の経路あるいは左方向の経路を選択する際の発火の頻度を測定し,その情報から,ラットが実際にどちらの経路を選択するかを予測した.その結果,前頭前野,視床結合核,海馬CA1野のどの領域からも85%からほぼ100%の確率で予測された.しかし,乳頭上核のニューロンを抑制すると,視床結合核および海馬CA1野においてはこの予測の確率が有意に低下した.前頭前野においては予測の確率の低下はみられなかったが,これはおそらく,前頭前野がこれからの経路の情報そのものを生成する領域だからだと考えられ,この際,領域のあいだの同期は関係ない.一方で,この情報をほかの領域に伝達する際には,領域のあいだの同期が重要になるのではないかと考えられた.実際に,ラットがこの空間探索課題において経路のまちがいをおかす際の乳頭上核の神経活動をみても,海馬との同期は正しい経路を選択する際と変わっておらず,少なくともこの空間探索課題においては,この同期の機構そのものが正しい経路の選択をささえるわけではないと考えられた.

おわりに


 乳頭上核はシータ波と関連のある領域として古くから注目されてきた.しかし,乳頭上核の破壊は海馬のシータ波にはそれほどの影響をおよぼさないことから10),その機能的な意義は謎であった.この研究により,乳頭上核は実際にシータ波を生成する能力をもち,海馬のシータ波と独立して行動の必要性に応じてそのタイミングを変化させることにより,前頭前野と海馬との情報の伝達を制御することが明らかにされた(図1).この研究はまた,皮質のあいだの機能の連携における皮質下領域の神経回路の重要性を示唆しており,今後,皮質下領域の研究をさらに進めていくきっかけになるのではないかと期待している.




文 献



  1. Wood, E. R., Dudchenko, P. A., Robitsek, R. J. et al.: Hippocampal neurons encode information about different types of memory episodes occurring in the same location. Neuron, 27, 623-633 (2000)[PubMed]

  2. Ito, H. T., Zhang, S. J., Witter, M. P. et al.: A prefrontal-thalamo-hippocampal circuit for goal-directed spatial navigation. Nature, 522, 50-55 (2015)[PubMed]

  3. Jones, M. W. & Wilson, M. A.: Theta rhythms coordinate hippocampal-prefrontal interactions in a spatial memory task. PLoS Biol., 3, e402 (2005)[PubMed]

  4. Siapas, A. G., Lubenov, E. V. & Wilson, M. A.: Prefrontal phase locking to hippocampal theta oscillations. Neuron, 46, 141-151 (2005)[PubMed]

  5. Benchenane, K., Peyrache. A., Khamassi, M. et al.: Coherent theta oscillations and reorganization of spike timing in the hippocampal- prefrontal network upon learning. Neuron, 66, 921-936 (2010)[PubMed]

  6. Hyman, J. M., Zilli, E. A., Paley, A. M. et al.: Medial prefrontal cortex cells show dynamic modulation with the hippocampal theta rhythm dependent on behavior. Hippocampus, 15, 739-749 (2005)[PubMed]

  7. Jay, T. M. & Witter, M. P.: Distribution of hippocampal CA1 and subicular efferents in the prefrontal cortex of the rat studied by means of anterograde transport of Phaseolus vulgaris-leucoagglutinin. J. Comp. Neurol., 313, 574-586 (1991)[PubMed]

  8. Vertes, R. P., Hoover, W. B., Szigeti-Buck, K. et al.: Nucleus reuniens of the midline thalamus: link between the medial prefrontal cortex and the hippocampus. Brain Res. Bull., 71, 601-609 (2007)[PubMed]

  9. Pan, W. X. & McNaughton, N.: The supramammillary area: its organization, functions and relationship to the hippocampus. Prog. Neurobiol., 74, 127-166 (2004)[PubMed]

  10. Kirk, I. J. & McNaughton, N.: Mapping the differential effects of procaine on frequency and amplitude of reticularly elicited hippocampal rhythmical slow activity. Hippocampus, 3, 517-525 (1993)[PubMed]



著者プロフィール


伊藤  博(Hiroshi T. Ito)
略歴:2010年 米国California Institute of Technology修了,ノルウェーNorwegian University of Science and Technologyポスドク研究員を経て,2016年よりドイツMax Planck Institute for Brain Researchリサーチグループリーダー.
研究テーマ:空間の探索のための神経回路.
研究室URL:https://brain.mpg.de/research/memory-and-navigation-circuits-group.html

© 2018 伊藤  博 Licensed under CC 表示 2.1 日本