ライフサイエンス 新着論文レビュー

First author's

不妊の性染色体トリソミーのマウスから産仔をつくる

2017年9月12日

廣田 孝幸
(英国Francis Crick Institute,Sex Chromosome Biology Laboratory)
email:廣田孝幸
DOI: 10.7875/first.author.2017.097

Fertile offspring from sterile sex chromosome trisomic mice.
Takayuki Hirota, Hiroshi Ohta, Benjamin E. Powell, Shantha K. Mahadevaiah, Obah A. Ojarikre, Mitinori Saitou, James M. A. Turner
Science, 357, 932-935 (2017)

要 約

 ヒトの不妊の遺伝的な原因のうちもっとも多いのは性染色体の異常である.性染色体トリソミーは約1000人に1人の割合でみられ,男性の患者において不妊のリスクが高くなる.筆者らは,精子の形成に異常を示す性染色体トリソミーのモデルマウスからiPS細胞を作製する過程において,過剰な染色体が欠失することをみつけた.正常な本数の染色体をもつようになったiPS細胞は,人為的に生殖細胞系列および機能的な精子へと分化させることができ,顕微授精により健康かつ妊孕性のある産仔が得られた.iPS細胞へのリプログラミングにおける染色体の欠失はトリソミーにかたよってみられ,ダウン症のモデルマウスやトリソミーの患者の細胞においても起こった.これらの発見は,不妊などのトリソミーに付随する症状の治療への新たな手法を提案する.

はじめに

 染色体の本数が正常であることは個体の発生および健康において重要である.正常には1対2本である相同染色体を3本もつ状態はトリソミーとよばれる.トリソミーの生じる原因はトリソミーの親の減数分裂における染色体の不分離と考えられており,多くは胎生期あるいは出生ののちすぐに致死となる1).ヒトの出生の可能なトリソミーのうち,第13染色体,第18染色体,第21染色体などの常染色体トリソミーは早期の死亡,発育の異常,知的障害といった重篤な臨床像を呈する.それに対して,X染色体あるいはY染色体における性染色体トリソミーの症状はおもに生殖細胞において現われ,男性において不妊のリスクが高くなる.そのしくみについてはよくわかっていないが,過剰な性染色体にコードされる遺伝子の発現が雄性生殖細胞の発生を阻害すると考えられている2).とくに,Klinefelter症候群とよばれるXXY型のトリソミーの男性は幼少期に生殖細胞がほとんど失われるため不妊になりやすく,手術などにより精子を回収できたときのみ生殖補助医療により治療しうる3).一方,ダブルY症候群とよばれるXYY型のトリソミーの男性はわずかに不妊の割合が高くなるものの基本的に妊孕性をもつ.これは,チェックポイントによりXYY型の細胞が除かれる減数分裂のはじまるまえに,一部の細胞がXY型になっているためと推測されている4).つまり,なんらかの方法によりXY型の細胞をつくりだせれば,XYY型だけでなくXXY型による不妊も有効に治療できるのではないかと考えられた.

1.性染色体トリソミーの細胞はiPS細胞へのリプログラミングをへて非トリソミーの細胞を生じる

 性染色体トリソミーの生殖細胞の研究のモデルとして,生殖細胞のマーカーの蛍光レポーター遺伝子を導入したXXY型のマウスおよびXYY型のマウスを作製した.これらのマウスのオスは不妊で,ヒトと同様に,XXY型においては精巣における生殖細胞の欠損,XYY型においては減数分裂パキテン期における細胞死が観察された.これらのマウスの耳片から樹立した線維芽細胞はトリソミーを維持していた.このトリソミーの線維芽細胞に山中4因子5) を発現するレンチウイルスを感染させ,ES細胞用の培地である2i/LIF培地において培養することによりiPS細胞へとリプログラミングした.
 樹立の直後におけるiPS細胞の性染色体の構成をDNA蛍光in situハイブリダイゼーション法により調べたところ,XXY型の線維芽細胞に由来するiPS細胞において,XXY型だけでなくXY型,XX型,XO型(Xモノソミー)の細胞が観察された.同様に,XYY型の線維芽細胞に由来するiPS細胞においてXYY型,XY型,さらに,低率ながらXO型の細胞が観察された.対照として非トリソミーのXY型あるいはXX型の線維芽細胞に由来するiPS細胞を同様に解析したところ,染色体の欠失の頻度は低かった.これらの結果から,iPS細胞へのリプログラミングの際あるいはその直後にトリソミーの細胞にかたよって性染色体の欠失の起こることが示された.
 この現象がリプログラミングののちに起こると仮定すると,樹立したiPS細胞を培養すればトリソミーにかたよった染色体の欠失を示すはずである.樹立の直後の時点においてもとの染色体の構成を維持していたiPS細胞の系統を選択し,4回の継代ののち解析したところ,XX型あるいはXXY型の線維芽細胞に由来するiPS細胞においてわずかに性染色体の欠失がみられたものの,トリソミーへのかたよりは観察されなかった.この実験においてみられた染色体の欠失は,X染色体を2つもつ多能性幹細胞の不安定性6) によるものと考えられた.また,性染色体トリソミーのiPS細胞と,性染色体トリソミーの細胞に由来するXY型のiPS細胞とで細胞の増殖の速度に有意な差はみられなかった.以上の結果から,このトリソミーにかたよった染色体の欠失はリプログラミングの際に起こると考え,この現象を偏トリソミー染色体欠失(trisomy-biased chromosome loss)と名づけた.

2.不妊の性染色体トリソミーのマウスに由来するXY型のiPS細胞から機能的な精子が得られる

 偏トリソミー染色体欠失により生じたXY型のiPS細胞は生殖細胞へと分化できるかどうか調べた.8割以上がXY型になったトリソミーの線維芽細胞に由来するiPS細胞の系列を選択し,サイトカインにより始原生殖細胞様細胞7) へと分化させたところ,生殖細胞レポーター陽性の細胞が生じた.これらの細胞をセルソーターにより単離し,生殖細胞を欠くKit変異マウスの新生仔の精巣に移植した.2カ月後に解析したところ,移植したすべての系統において精子の形成が認められた.移植された精巣から精子を取り出して顕微授精をしたところ,受精卵は正常に卵割し,偽妊娠マウスへの移植ののち産仔が生じた.これらの産仔はiPS細胞に由来することが確認され,染色体の数および妊孕性ともに正常であった(図1).

figure1

3.性染色体以外の過剰な染色体の欠失

 偏トリソミー染色体欠失は性染色体に特異的な現象なのであろうか? マウスでは常染色体トリソミーのモデルは開発されていないため(不完全なトリソミーのマウスは存在する),ヒトの第21染色体を人為的に付加したダウン症のモデルマウスであるTc1マウス8) を使用してこの疑問を検証した.このマウスのヒト第21染色体はネオマイシン耐性カセットをもつので,得られた線維芽細胞をG418の存在下で培養してヒト第21染色体をもつ細胞を濃縮した.G418の非存在下でiPS細胞へとリプログラミングし,樹立の直後に染色体の構成を調べたところ,ヒト第21染色体の高率での欠失が観察された.線維芽細胞および樹立されたiPS細胞はともに,G418の非存在下で培養してもヒト第21染色体の陽性率が変わらなかった.よって,樹立の直後のiPS細胞においてみられた染色体の欠失は,ヒト第21染色体の不安定性ではなく偏トリソミー染色体欠失によるものと考えられた.

4.ヒトのトリソミーの細胞からの非トリソミーの細胞の作製

 ヒトの細胞において偏トリソミー染色体欠失がみられるかどうか検証した.細胞バンクからXXY型,第21染色体のトリソミー(ダウン症候群),XY型,XX型のヒトの線維芽細胞を取り寄せ,染色体の構成を調べた.マウスと異なり,ヒトのトリソミーの細胞においてはいずれもある程度の染色体の欠失がみられたので,もっともトリソミーの率の高い系統(約95%がトリソミー)を選んでiPS細胞を作製し,樹立の直後に染色体の構成を調べた.その結果,マウスと同様に,トリソミーにかたよった染色体の欠失が確認された.マウスと比較して染色体の欠失の頻度は低かった.この理由が,種間の差,個体差,方法の差のいずれによるのかの判断にはさらなる実験を要する.

おわりに

 この研究においては,iPS細胞へのリプログラミングの際に偏トリソミー染色体欠失という現象が起こることを発見し,それにより,性染色体トリソミーをもつ細胞,常染色体トリソミーをもつ細胞,付加された染色体をもつ細胞から正常な本数の染色体をもつ細胞を作製できることが示された(図2).不妊の性染色体トリソミーのマウスから得られた“修正された”iPS細胞は機能的な精子に分化し,正常な産仔が生じた.なぜ過剰な染色体が失われるのだろうか? リプログラミングの際に細胞にかかるストレスがなんらかのかたちでトリソミーの細胞の生存あるいは増殖に負にはたらくのではないかと考えているが,その分子機構は不明である.

figure2

 この研究において示された方法は,不妊をはじめとしてトリソミーに付随する症状の治療に新たな手法を提案する.しかし,幹細胞から分化させた生殖細胞の臨床への応用においては,法的および倫理的な整備9) のみならず,こえるべきハードルは多い.とくに,現状の技術では始原生殖細胞様細胞を精子に分化させるにはいったん生体に移植する必要があり,このステップで腫瘍の生じるおそれがある.完全に生体外において生殖細胞をつくる手法の開発が待たれる.
 また,べつの視点として,この研究においてはXXY型の細胞からオスのXY型のiPS細胞,メスのXX型およびXO型のiPS細胞が得られることが示された.これらの細胞は,性染色体の構成のほかは遺伝的に同一である.このような材料を遺伝的に多様なヒトにおいて得ることはむずかしい.iPS細胞を使った疾患モデルと組み合わせれば,疾患のなりやすさや薬の効能の性差10) を調べるのに有用かもしれない.

文 献

  1. Nagaoka, S. I., Hassold, T. J. & Hunt, P. A.: Human aneuploidy: mechanisms and new insights into an age-old problem. Nat. Rev. Genet., 13, 493-504 (2012)[PubMed]
  2. Heard, E. & Turner, J.: Function of the sex chromosomes in mammalian fertility. Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 3, 1-17 (2011)[PubMed]
  3. Franik, S., Hoeijmakers, Y., D’Hauwers, K. et al.: Klinefelter syndrome and fertility: sperm preservation should not be offered to children with Klinefelter syndrome. Hum. Reprod., 31, 1952-1959 (2016)[PubMed]
  4. Hall, H., Hunt, P. & Hassold, T.: Meiosis and sex chromosome aneuploidy: how meiotic errors cause aneuploidy; how aneuploidy causes meiotic errors. Curr. Opin. Genet. Dev., 16, 323-329 (2006)[PubMed]
  5. Takahashi, K. & Yamanaka, S.: Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell, 126, 663-676 (2006)[PubMed]
  6. Robertson, E. J., Evans, M. J. & Kaufman, M. H.: X-chromosome instability in pluripotential stem cell lines derived from parthenogenetic embryos. J. Embryol. Exp. Morphol., 74, 297-309 (1983)[PubMed]
  7. Hayashi, K., Ohta, H., Kurimoto, K. et al.: Reconstitution of the mouse germ cell specification pathway in culture by pluripotent stem cells. Cell, 146, 519-532 (2011)[PubMed]
  8. O’Doherty, A., Ruf, S., Mulligan, C. et al.: An aneuploid mouse strain carrying human chromosome 21 with Down syndrome phenotypes. Science, 309, 2033-2037 (2005)[PubMed]
  9. Ishii, T., Pera, R. A. & Greely, H. T.: Ethical and legal issues arising in research on inducing human germ cells from pluripotent stem cells. Cell Stem Cell, 13, 145-148 (2013)[PubMed]
  10. Arnold, A. P., Chen, X., Itoh, Y.: What a difference an X or Y makes: sex chromosomes, gene dose, and epigenetics in sexual differentiation. Handb. Exp. Pharmacol., 214, 67-88 (2012)[PubMed]

活用したデータベースにかかわるキーワードと統合TVへのリンク

生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール

廣田 孝幸(Takayuki Hirota)
略歴:2012年 京都大学大学院生命科学研究科 修了,同年 京都大学大学院医学研究科 ポスドクを経て,2013年より英国MRC National Institute for Medical Research(現英国Francis Crick Institute)ポスドク.
研究テーマ:生殖細胞における染色体の制御.
関心事:今後の研究の展開.

© 2017 廣田 孝幸 Licensed under CC 表示 2.1 日本


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この作品のライセンスはクリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本です。