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前頭前皮質の抑制性ニューロンによる作業記憶の制御

神垣 司・Yang Dan
(米国California大学Berkeley校Department of Molecular and Cell Biology)
email:神垣 司
DOI: 10.7875/first.author.2017.034

Delay activity of specific prefrontal interneuron subtypes modulates memory-guided behavior.
Tsukasa Kamigaki, Yang Dan
Nature Neuroscience, 20, 854-863 (2017)




要 約


 われわれは外部からの感覚情報がとだえてもその情報を維持して行動することができる.この作業記憶という機能はおもに前頭前皮質により担われることが示唆されてきたが,おのおのの種類のニューロンの具体的な役割および局所の神経回路については未解明であった.この研究においては,マウスに作業記憶課題を訓練し,ニューロンの種類に特異的なCa2+イメージング法を用いて前頭前皮質から錐体細胞の神経活動を記録した.錐体細胞は遅延期間において記憶の内容に選択的な神経活動を示し,その選択性は作業記憶の成績と相関した.抑制性ニューロンであるソマトスタチン陽性ニューロンあるいはパルブアルブミン陽性ニューロンを光遺伝学的な手法により活性化すると錐体細胞は不活性化されたが,遅延期間に限定して不活性化しても作業記憶の成績は低下した.一方,別の抑制性ニューロンであるVIP陽性ニューロンを活性化すると錐体細胞の選択性が上昇し作業記憶の成績が向上した.これらの結果から,前頭前皮質は作業記憶の機構の重要な構成要素であり,VIP陽性ニューロンを活性化することにより作業記憶の維持は向上することが示唆された.

はじめに


 これまでに,行動に必要な情報を維持する作業記憶において前頭前皮質が重要な役割をはたすことが知られていた1).たとえば,前頭前皮質の一部を不活性化あるいは破壊されたサルやラットは,視覚図形を見ながらそれにもとづいて行動することはできるものの,視覚図形が消えてしばらく間をおくと(遅延期間という),とたんに行動に大きな支障をきたす1-4).また,前頭前皮質の神経活動を記録すると,記憶しておくべき情報に関連した神経活動が遅延期間において継続してみられる1,4,5).しかし,この遅延期間において維持される神経活動と作業記憶との直接の因果関係を調べるには神経活動を精確な時間および空間にかぎり制御する必要があり,このことは近年,光遺伝学的な技術によりようやく可能になったばかりである4,6).大脳皮質においては興奮を伝達する錐体細胞と興奮を抑制する複数の種類のGABA系の抑制性ニューロンが混在して神経回路を形成し,さまざまな感覚刺激や運動制御に応じて錐体細胞の神経活動が制御されるが7-9),おのおのの種類のニューロンの作業記憶に対する役割については未解明であった.この研究においては,ニューロンの種類に特異的に神経活動を測定するCa2+イメージング法およびニューロンの種類に特異的に神経活動を操作する光遺伝学的な手法を駆使することにより,おのおのの種類のニューロンが作業記憶にかかわる役割,および,これらから構成される前頭前皮質の局所における神経回路の解明にむけて大きく前進した.

1.錐体細胞の遅延期間における神経活動は作業記憶に必要である


 マウスに遅延Go/No-Go課題という作業記憶課題を訓練した(図1).はじめに高周波音あるいは低周波音を2秒間にわたり提示した.つづく5秒間の遅延期間においては何も提示せず,そののちに提示されるノズルをリッキングする(Go試行)か抑制する(No-Go試行)かを選択させた.高周波音の場合にはリッキングすると水が報酬としてあたえられるが,低周波音の場合は何もあたえられず,リッキングすると罰として顔にエアパフ(軽い空気砲)および長い待ち時間があたえられるため,マウスはリッキングを抑制するよう学習した.



 Ca2+イメージング法により前頭前皮質から錐体細胞に対し特異的に神経活動を測定したところ,Go試行の遅延期間において大きな神経活動を示すGo選択性のニューロンとNo-Go試行の遅延期間において神経活動を示すNo-Go選択性のニューロンとが散在していた.それぞれのニューロンが皮質層のどこに分布するかを解析すると,深層にはNo-Go選択性のニューロンが,表層にはGo選択性のニューロンが多く存在した.この結果から,前頭前皮質の入力層(表層)から出力層(深層)においてダイナミックなシグナルの変換が起こることが示唆された.さらに,Go試行の遅延期間とNo-Go試行の遅延期間における錐体細胞の神経活動の差が大きいほど作業記憶の成績も向上したことから,錐体細胞の遅延期間における神経活動が作業記憶と深く関連することが示唆された.
 光遺伝学的な手法を用い,ニューロンの種類に特異的にチャネルロドプシンを発現させた前頭前皮質においてGABA系の抑制性ニューロンの一種であるソマトスタチン陽性ニューロンを活性化したところ,錐体細胞の神経活動が強く抑制されGo試行とNo-Go試行との神経活動の差が激減した.パルブアルブミン陽性ニューロンも同じくGABA系の抑制性ニューロンの一種であり錐体細胞を抑制することが知られている.ソマトスタチン陽性ニューロンあるいはパルブアルブミン陽性ニューロンを作業記憶課題の全期間にわたり光遺伝学的な手法により活性化すると作業記憶の成績が低下した.さらに,遅延期間の一部にかぎり光遺伝学的な手法により活性化しても同様に作業記憶の成績が低下したことから,錐体細胞の遅延期間における神経活動が作業記憶に必要であることが示唆された.

2.VIP陽性ニューロンの活性化は作業記憶の成績を向上させる


 VIP陽性ニューロンは別の種類のGABA系の抑制性ニューロンであり,錐体細胞を直接に抑制する場合もあれば,ソマトスタチン陽性ニューロンやパルブアルブミン陽性ニューロンを抑制して逆に錐体細胞を抑制から解放し活性化する(脱抑制という)場合もあることが知られている7,9).前頭前皮質のVIP陽性ニューロンを光遺伝学的な手法により活性化したところ,作業記憶課題の全期間でも遅延期間の一部の期間でも作業記憶の成績が向上した.光遺伝学的な手法を用い,ニューロンの種類に特異的にアーキロドプシンを発現させVIP陽性ニューロンを抑制したところ,逆に,作業記憶の成績が低下した.また,ソマトスタチン陽性ニューロンあるいはパルブアルブミン陽性ニューロンの神経活動を光遺伝学的な手法により直接に抑制したところ,VIP陽性ニューロンを活性化したときと同様に作業記憶の成績は向上した.このことから,VIP陽性ニューロンの活性化による作業記憶の向上は,部分的にはソマトスタチン陽性ニューロンあるいはパルブアルブミン陽性ニューロンを抑制する経路によることが示唆された.さらに,VIP陽性ニューロンの活性化による作業記憶の向上の機構を調べるため,多点電極を用いて錐体細胞の神経活動を測定したところ,VIP陽性ニューロンの活性化の効果は,個々の錐体細胞の選択性(Go選択性かNo-Go選択性か),および,作業記憶の内容(Go試行かNo-Go試行か)に依存して異なり,錐体細胞の全体においてはGo試行とNo-Go試行における神経活動の差が増大することが判明した.この結果から,錐体細胞が伝達するGo試行とNo-Go試行との選択性をVIP陽性ニューロンが動的に制御して作業記憶を維持することが示唆された.
 この機構が異なる別の作業記憶にも汎用されうるかどうかを検討するため,マウスに遅延二肢強制選択課題を訓練した.この課題においては,高周波音あるいは低周波音が提示され,遅延期間ののち左右に分かれたノズルが現われ,高周波音か低周波音かにより左か右を選択してリッキングすることが要求される.その結果,遅延Go/No-Go課題のときと同様に,ソマトスタチン陽性ニューロンを活性化すると成績は低下し,VIP陽性ニューロンを活性化すると成績は向上した.このことから,前頭前皮質における抑制性ニューロンの局所の神経回路の機構に汎用性のあることが示唆された.

3.おのおのの種類の抑制性ニューロンの記憶課題における神経活動


 おのおのの種類の抑制性ニューロンが作業記憶において実際にどのような神経活動を示すかを測定するため,ニューロンの種類に特異的なCa2+イメージング法を実施した.その結果,ソマトスタチン陽性ニューロンおよびパルブアルブミン陽性ニューロンはGo試行の遅延期間において強い神経活動を示すものが大半だったのに対し,VIP陽性ニューロンはGo試行の遅延期間において強い神経活動を示すものとNo-Go試行の遅延期間において強い神経活動を示すものがほぼ同じだけ存在した.この結果から,VIP陽性ニューロンはGo試行およびNo-Go試行の両方の作業記憶に関与しうることが示唆された.

おわりに


 この研究においては,ニューロンの種類に特異的なCa2+イメージング法および光遺伝学的な手法を駆使することにより,前頭前皮質において3つの主要なGABA系の抑制性ニューロンが作業記憶の維持にそれぞれ異なる役割をはたすことがはじめて明らかにされた.ソマトスタチン陽性ニューロンあるいはパルブアルブミン陽性ニューロンを活性化すると錐体細胞の神経活動を抑制して作業記憶を低下させ,逆に,VIP陽性ニューロンを活性化するとソマトスタチン陽性ニューロンやパルブアルブミン陽性ニューロンの神経活動を抑制する神経回路を部分的に介して錐体細胞の選択性を上昇させ,結果的に,作業記憶が向上することがわかった(図2).統合失調症の患者やモデル動物においては,GABA系の抑制性ニューロンの機能の低下とともに,作業記憶がいちじるしく阻害されることが知られている.今後,モデル動物において前頭前皮質の同じ神経回路の動作がどうなっているかを調べることにより,病態の原因の解明および効果的な治療法の開発へとつながるものと思われる.また,認知的な柔軟性10) など,そのほかの重要な高次機能においても類似の神経回路がはたらくかなど,さらなる研究が必要である.




文 献



  1. Fuster, J. M.: The Prefrontal Cortex, 4th Ed. Academic Press, San Diego (2008)

  2. Bauer, R. H. & Fuster, J. M.: Delayed-matching and delayed-response deficit from cooling dorsolateral prefrontal cortex in monkeys. J. Comp. Physiol. Psychol., 90, 293-302 (1976)[PubMed]

  3. Funahashi, S., Bruce, C. J. & Goldman-Rakic, P. S.: Dorsolateral prefrontal lesions and oculomotor delayed-response performance: evidence for mnemonic "scotomas". J. Neurosci., 13, 1479-1497 (1993)[PubMed]

  4. Kopec, C. D., Erlich, J. C., Brunton, B. W. et al.: Cortical and subcortical contributions to short-term memory for orienting movements. Neuron, 88, 367-377 (2015)[PubMed]

  5. Fuster, J. M. & Alexander, G. E.: Neuron activity related to short-term memory. Science, 173, 652-654 (1971)[PubMed]

  6. Li, N., Chen, T. W., Guo, Z. V. et al.: A motor cortex circuit for motor planning and movement. Nature, 519, 51-56 (2015)[PubMed]

  7. Lee, S., Kruglikov, I., Huang, Z. J. et al.: A disinhibitory circuit mediates motor integration in the somatosensory cortex. Nat. Neurosci., 16, 1662-1670 (2013)[PubMed]

  8. Pinto, L. & Dan, Y.: Cell-type-specific activity in prefrontal cortex during goal-directed behavior. Neuron, 87, 437-450 (2015)[PubMed]

  9. Zhang, S., Xu, M., Kamigaki, T. et al.: Long-range and local circuits for top-down modulation of visual cortex processing. Science, 345, 660-665 (2014)[PubMed]

  10. Kamigaki, T., Fukushima, T. & Miyashita, Y.: Cognitive set reconfiguration signaled by macaque posterior parietal neurons. Neuron, 61, 941-951 (2009)[PubMed]


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著者プロフィール


神垣 司(Tsukasa Kamigaki)
略歴:2010年 東京大学大学院医学系研究科博士課程 修了,同年 同 特任研究員を経て,2011年より米国California大学Berkeley校 博士研究員.
研究テーマ:前頭前皮質の機能.
抱負:高次認知機能の前頭前皮質を中心とした機構を解明していきたい.

Yang Dan
米国California大学Berkeley校 教授.

© 2017 神垣 司・Yang Dan Licensed under CC 表示 2.1 日本