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脂肪組織のダイナミックな再生能は成熟した脂肪細胞におけるインスリン受容体シグナルの欠損によるメタボリックシンドロームを改善する

2017年1月24日

阪口雅司・C. Ronald Kahn
(米国Harvard大学Joslin Diabetes Center,Section of Integrative Physiology and Metabolism)
email:阪口雅司
DOI: 10.7875/first.author.2017.012

Adipocyte dynamics and reversible metabolic syndrome in mice with an inducible adipocyte-specific deletion of the insulin receptor.
Masaji Sakaguchi, Shiho Fujisaka, Weikang Cai, Jonathon N. Winnay, Masahiro Konishi, Brian T. O’Neill, Mengyao Li, Rubén García-Martín, Hirokazu Takahashi, Jiang Hu, Rohit N. Kulkarni, C. Ronald Kahn
Cell Metabolism, 25, 448-462 (2017)

要 約

 インスリン受容体シグナルおよびIGF1受容体シグナルは脂肪細胞の発生および糖の取り込みにおいて重要な機能を担う.しかしながら,成熟した脂肪細胞においてはどのような役割を担うのか,また,その病態生理学的な意義に関しては不明であった.筆者らは,脂肪細胞において任意の時期にインスリン受容体およびIGF1受容体を欠損するコンディショナルダブルノックアウトマウスを作製した.成熟した脂肪細胞においてインスリン受容体およびIGF1受容体を欠損させると,急激な脂肪の分解および細胞死をひき起こし白色脂肪細胞および褐色脂肪細胞が消失した.普通食をあたえたにもかかわらず高血糖,いちじるしい耐糖能,インスリン抵抗性,脂肪肝が認められ,さらには,正常な熱産生が損なわれ膵β細胞が急速に増殖した.しかしながら,10日ほど経過するとこれらの症状は改善された.この改善は,脂肪前駆細胞が急速に増殖し白色脂肪組織だけでなく褐色脂肪組織もが再生したことによるものであった.さらに,これらの再生能はマウスの生涯において再度くり返されたメタボリックシンドロームにおいても維持された.レプチンの皮下への投与により耐糖能およびインスリン抵抗性はいちじるしく改善したが,脂肪細胞の消失および褐色脂肪組織および白色脂肪組織の再生に大きな影響はなかった.以上の結果から,インスリン受容体シグナルは脂肪細胞の維持に必須であり,さらに,脂肪細胞の消失は褐色脂肪組織および白色脂肪組織の再生を刺激し,脂肪の消失によるメタボリックシンドロームの改善を促進することがわかった.

はじめに

 メタボリックシンドロームは脂肪細胞の量や機能に依存することが知られている1).肥満や脂肪異栄養症になるとインスリン抵抗性,ひいては,脂肪肝,高脂血症,2型糖尿病をひき起こすことが知られている2).脂肪組織の正常化は多くの生活習慣病に対してもその効果的な予防につながる.
 脂肪組織には白色脂肪組織と褐色脂肪組織がある.通常,それらの性状は大きく異なり,白色脂肪組織は余分なエネルギーを中性脂肪として蓄積するのに対し,褐色脂肪組織はエネルギーを消費する3).褐色脂肪細胞は小さな複数の脂肪滴および多数のミトコンドリアを含み,褐色脂肪細胞のもつ中性脂肪に由来する脂肪酸および白色脂肪細胞から移行した脂肪酸が酸化され熱産生が起こる4)
 インスリンはインスリン受容体およびIGF1受容体を介してシグナルを伝達し,白色脂肪細胞および褐色脂肪細胞の発生および糖の取り込みにおいて重要な機能を担う5,6).メタボリックシンドロームはさまざまな臓器におけるインスリン抵抗性をともなうため,成熟した脂肪細胞においてインスリン受容体シグナルおよびIGF1受容体シグナルはどのような役割を担うか,また,その病態生理学的な意義については明らかにされていなかった.その理由は,従来のインスリン受容体およびIGF1受容体のダブルノックアウトマウスにおいては脂肪組織が存在しなくなるので詳細な解析ができないためであった7,8)

1.成熟した脂肪細胞におけるインスリン受容体およびIGF1受容体の役割

 脂肪細胞において特異的に発現するアディポネクチンの遺伝子プロモーターの発現をタモキシフェンの投与により任意の時期に誘導することにより,インスリン受容体とIGF1受容体のコンディショナルダブルノックアウトマウスを作製した.このマウスは成体におけるタモキシフェンの投与ののち3日以内に急激な脂肪の分解および脂肪組織における細胞死をひき起こし,白色脂肪組織および褐色脂肪組織が消失した.脂肪細胞から分泌されるアディポカインであるアディポネクチンおよびレプチンの血中の量は5~25%にまで減少した.

2.成熟した脂肪細胞に特異的なインスリン受容体とIGF1受容体のダブルノックアウトマウスはメタボリックシンドロームを呈するが可逆性である

 成熟した脂肪細胞に特異的なインスリン受容体とIGF1受容体のダブルノックアウトマウスには普通食をあたえたにもかかわらず高血糖,いちじるしい耐糖能,インスリン抵抗性,脂肪肝が認められメタボリックシンドロームを発症した.このことから,成熟した脂肪組織のインスリン感受性がメタボリックシンドロームの重大な病因になることが明らかにされた.また,褐色脂肪細胞の消失により正常な熱産生が損なわれ耐寒能のいちじるしい減弱がもたらされ,生体にとり生命の維持において脅威になることがわかった。生体の反応として急速な高インスリン血症になり,ランゲルハンス島の増大および膵β細胞の増殖が確認された.これは,膵臓への高負荷によるものであった.しかしながら,このダブルノックアウトマウスおよびインスリン受容体の単独のノックアウトマウスは重篤なメタボリックシンドロームにおちいったにもかかわらず,10日ほど経過すると高血糖,いちじるしい耐糖能,インスリン抵抗性,脂肪肝,膵β細胞の増殖といったほぼすべての症状が改善した.さらに,IGF1受容体の単独のノックアウトマウスにおいてこれらの重篤な症状はみられなかったことから,成熟した脂肪組織においてはIGF1受容体に比べインスリン受容体が機能することが示された.

3.白色脂肪組織および褐色脂肪組織の再生によりメタボリックシンドロームは改善する

 これらの症状の回復は,いちど損傷をうけた脂肪細胞が回復し増殖したためなのか,それとも,新たに脂肪前駆細胞から脂肪細胞が分化したためなのかを調べるため,成熟した脂肪細胞に特異的なインスリン受容体とIGF1受容体のダブルノックアウトマウスの脂肪組織において細胞系譜を解析した9).その結果,脂肪前駆細胞の急速な増殖が誘導され白色脂肪細胞だけでなく褐色脂肪細胞も分化したことによることが証明された.また,マウスの褐色脂肪細胞は成体になってからでも分化することが明確に確認された.脂肪組織の再生により,マウスはほぼ正常な熱産生および耐寒能をもつ状態にまで改善された.さらに,このような脂肪組織の再生能は,マウスの生涯において再度くり返されたメタボリックシンドロームにおいても遜色なく維持された.このことから,脂肪細胞の分化は残存していた脂肪組織の痕跡から起こったものではないことも確認された.

4.生体において脂肪前駆細胞の分化にかかわる因子の解析

 成熟した脂肪細胞に特異的なインスリン受容体とIGF1受容体のダブルノックアウトマウスにおいて,どのような因子がメタボリックシンドロームの改善にはたらくのか,また,それらの因子は脂肪前駆細胞の分化に影響するのかさまざまに解析した.その結果,レプチンの投与により高血糖や脂肪肝といったメタボリックシンドロームの病態はほぼ抑制された.このことから,レプチンの投与が脂肪組織におけるインスリン抵抗性を原因とするメタボリックシンドロームに有効であることが明らかにされた.しかしながら,レプチンは脂肪前駆細胞の分化を抑制することはできず,細胞系列を追跡した結果からも白色脂肪細胞のみならず褐色脂肪細胞の分化がほぼ正常に認められた.このことから,in vivoにおいて脂肪前駆細胞からの分化および白色脂肪細胞あるいは褐色脂肪細胞の分化にかかわるレプチンに依存性しない因子が存在する可能性が示唆された.

おわりに

 筆者らは,成熟した脂肪組織におけるインスリン感受性はきわめて重要であり,インスリン受容体を介して脂肪の分解および細胞死を抑制することにより脂肪細胞の維持に必須であることを明らかにした.さらに,成熟した脂肪細胞におけるインスリン受容体シグナルはメタボリックシンドロームをふせぐために重要であることが直接的に示された(図1).脂肪細胞の分化は生体における恒常性の維持において重要な役割をはたす.成体のマウスにおいても脂肪前駆細胞から白色脂肪細胞のみならず褐色脂肪細胞も分化することが明らかにされた(図1).さらに,褐色脂肪組織の再生の過程において白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞はそれぞれの組織において明確に独立して分化したことから,これら脂肪前駆細胞の増殖および分化を誘導する新規の因子の解析が可能と思われる.

figure1

文 献

  1. Haslam, D. W. & James, W. P.: Obesity. Lancet, 366, 1197-1209 (2005)[PubMed]
  2. Rosen, E. D. & Spiegelman, B. M.: Adipocytes as regulators of energy balance and glucose homeostasis. Nature, 444, 847-853 (2006)[PubMed]
  3. Gesta, S., Tseng, Y. H. & Kahn, C. R.: Developmental origin of fat: tracking obesity to its source. Cell, 131, 242-256 (2007)[PubMed]
  4. Enerback, S., Jacobsson, A., Simpson, E. M. et al.: Mice lacking mitochondrial uncoupling protein are cold-sensitive but not obese. Nature, 387, 90-94 (1997)[PubMed]
  5. Bluher, S., Kratzsch, J. & Kiess, W.: Insulin-like growth factor I, growth hormone and insulin in white adipose tissue. Best. Pract. Res. Clin. Endocrinol. Metab., 19, 577-587 (2005)[PubMed]
  6. Tseng, Y. H., Kriauciunas, K. M., Kokkotou, E. et al.: Differential roles of insulin receptor substrates in brown adipocyte differentiation. Mol. Cell Biol., 24, 1918-1929 (2004)[PubMed]
  7. Bluher, M., Michael, M. D., Peroni, O. D. et al.: Adipose tissue selective insulin receptor knockout protects against obesity and obesity-related glucose intolerance. Dev. Cell, 3, 25-38 (2002)[PubMed]
  8. Boucher, J., Mori, M. A., Lee, K. Y. et al.: Impaired thermogenesis and adipose tissue development in mice with fat-specific disruption of insulin and IGF-1 signalling. Nat. Commun., 3, 902 (2012)[PubMed]
  9. Jeffery, E., Church, C. D., Holtrup, B. et al.: Rapid depot-specific activation of adipocyte precursor cells at the onset of obesity. Nat. Cell Biol., 17, 376-385 (2015)[PubMed]

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著者プロフィール

阪口 雅司(Masaji Sakaguchi)
略歴:2011年 熊本大学大学院医学教育部博士課程 修了,同年 熊本大学医学部附属病院 医員を経て,2012年より米国Harvard大学Joslin Diabetes Center博士研究員.
研究テーマ:インスリン抵抗性のもとでの分子病態および褐色脂肪細胞の分化.

C. Ronald Kahn
米国Harvard大学Joslin Diabetes Center教授.

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