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ショウジョウバエの視覚神経回路における歩行の情報の定量的なコーディング

藤原輝史・M. Eugenia Chiappe
(ポルトガルChampalimaud Center for the Unknown,Champalimaud Neuroscience Programme)
email:藤原輝史
DOI: 10.7875/first.author.2016.113

A faithful internal representation of walking movements in the Drosophila visual system.
Terufumi Fujiwara, Tomás L. Cruz, James P. Bohnslav, M. Eugenia Chiappe
Nature Neuroscience, 20, 72-81 (2017)




要 約


 生物が自然環境において行動するなか,感覚入力の処理,運動制御,空間認識といったあらゆるタスクの遂行には自己の身体がどのように動いているかを正確に把握する必要がある.脳は自己の運動をより正確に推定するため手がかりとなる複数の信号を統合する.しかし,どの神経回路が身体の動きを的確にとらえ,また,そのような神経回路が運動制御に直接どのような影響をおよぼすかについてはよくわかっていない.筆者らは,ショウジョウバエにおいて,歩行の際の重要な手がかり信号のひとつである水平方向のオプティックフローを選択的に処理するHS細胞が,視覚入力とは独立して歩行の情報を定量的にコーディングすることを発見した.回転歩行の方向および速度,直進歩行の速度,行動の状態に依存性の信号の3つの信号が,HS細胞の膜電位の変化のなかで統合された.HS細胞において回転歩行の方向に選択的な歩行の信号とオプティックフローの方向に選択的な視覚の信号は,オプティックフローの方向が自己の回転から予測された方向である場合のみ協調して膜電位を変化させた.また,脳の片側のHS細胞の人工的な活性化は同じ側への回転歩行を促進させた.これらの結果から,HS細胞は感覚運動を統合し正確な自己の運動を推定することにより直進歩行の軌跡を制御するという仮説を提唱した.

はじめに


 われわれはふだん何事もなく感覚入力を処理し適切な行動を選択しているが,脳における計算は想像するよりもはるかにダイナミックな過程である.環境を歩き回ることにより感覚の情報を収集し,それらの情報をリアルタイムで処理し,つぎの行動の制御のため用いる.そのなかで,感覚入力は行動により劇的に変化する.したがって,適切な感覚入力の処理には,自己の身体がどういった状態で動いているのかをつねに的確に把握する必要がある.また,自己の運動の推定は,つぎの時点でどのように身体を動かせばよいか脳から正確に指令するためにも不可欠である.しかしながら,歩行の際に,脳のどの神経回路がそのような計算をし,また,その計算の結果がつぎの行動にどのように影響するかについてはよくわかっていない.
 われわれが空間を移動すると,とりかこむ風景は目の網膜のうえを規則的に流れる.これをオプティックフローとよぶ.歩行の際にはたえずオプティックフローの入力をうけるが,オプティックフローは歩行の速度や方向に依存してその規則的な流れのパターンを変えることから自己の運動を推定するのに役だつ1).その重要性は,あらゆる生物種においてオプティックフローに選択的に応答する神経が存在するという知見からも支持される2).しかし,オプティックフローのみで自己の運動を正確に推定するのはむずかしい.歩行の際のオプティックフローのパターンは目や顔を少し動かすことで容易に乱れてしまうし,環境において不規則に動きまわるほかの人や物体にも乱され,周囲の環境が完全に静止していてもその静止した物体が自分にどれくらい近いかによりオプティックフローの強さは変わってしまう.したがって,脳はオプティックフローの信号と手がかりとなるほかの信号とをうまく統合して自己の運動を推定しなければならない.実際に,サルの視覚野にはオプティックフローの信号と前庭感覚信号とを統合するニューロンが存在し,注視する方向の制御に関与する3).しかし,こういった研究は実験動物を空間で固定した状態で行われてきたため,オプティックフローの信号と歩行に関する情報が脳のどこでどのように統合されるのかは明らかではない.
 ショウジョウバエの脳においてオプティックフローに選択的に応答する神経は視覚回路の視小葉板に位置する.なかでも,水平方向のオプティックフローに反応するHS細胞(horizontal system cell)と垂直方向のオプティックフローに反応するVS細胞(vertical system cell)は,その形態学的な特性4) や視覚応答の特性5,6) がよく調べられてきた.たとえば,脳の片側のHS細胞は視野の上方,中方,下方のオプティックフローにそれぞれ反応するHSN細胞,HSE細胞,HSS細胞の3本から構成される(図1a).また,HS細胞は前方から後方へと流れるオプティックフローに対し脱分極(膜電位が上昇)し,逆に,後方から前方へと流れるオプティックフローに対し過分極(膜電位が下降)する(図1b).HS細胞はこのような段階的な膜電位の変化をもってつぎの神経に視覚の情報を伝達する.



 生物は歩行の際におもに水平方向のオプティックフローを受容することから,近年の研究において,HS細胞の活動と歩行との直接的な関係性が注目された7,8).ハエというとつねに飛行していると想像するかもしれないが,歩行の際に交尾行動などを行うショウジョウバエにとり歩行は重要な行動モードである.トレッドミルのうえを歩行するショウジョウバエにおいてHS細胞の活動を計測したところ,HS細胞のオプティックフローに対する応答は歩行する速さに比例して上昇した.そこで,筆者らは,視覚神経と考えられているHS細胞は,視覚入力のみならず,歩行に関する量的な情報をも受容し,感覚運動を統合して自己の運動を推定するという仮説をたて,球状のトレッドミルのうえを歩行するショウジョウバエの脳のHS細胞に対し,ニューロンの膜電位の変化を詳細なタイムスケールで計測できるガラス微小電極を用いたホールセル記録法を適用した(図1a).

1.HS細胞は視覚とは独立して3つの自己の運動の情報を受容する


 視覚入力のまったくない暗条件においてHS細胞から活動を記録したところ,ショウジョウバエが動きはじめると膜電位がダイナミックに変化した.VS細胞もこのような運動に関する信号を受容したが,その応答の大きさはHS細胞に比べ有意に小さかった.このことから,歩行の際におもに生じる水平方向のオプティックフローを処理するHS細胞に特有にはたらく運動の信号の存在が示唆された.
 ビデオ解析と機械学習アルゴリズムを用いてショウジョウバエの運動を歩行と非歩行とに分別した.HS細胞は歩行の開始する約100ミリ秒まえにすでに脱分極していた.また,これは非歩行の運動の開始するまえにもみられた.つまり,この行動の状態に依存して静止状態から行動状態へと遷移した際に現われる信号は,実際の運動の開始するまえに神経回路において生成され,また,運動の種類には依存しない.
 トレッドミルを用いて詳細に追跡した歩行の軌跡の情報を用い,HS細胞の膜電位の変化と回転歩行との関係性について調べた(図1b).脳の右側のHS細胞は左方向に回転するとより脱分極した.ここでは暗条件において計測したが,実際の自然環境において,左方向の回転は右方向のオプティックフロー(脳の右側のHS細胞にとっては,前方から後方へのオプティックフロー)を生じ,同様に脳の右側のHS細胞を脱分極させる.脳の左側のHS細胞は対称的に,右方向に回転するとより脱分極した.また,これらの脱分極の大きさは回転の速度に比例した.一方で,脳の右側のHS細胞は右方向に回転すると,回転の速度に比例して脱分極が減少した.脳の両側のHS細胞は直進歩行によっても速度に依存して脱分極した.これらの回転歩行の信号や直進歩行の信号は歩行の際のみ顕著にHS細胞に現われた.
 ここまでの結果を要約すると,HS細胞は3つの運動情報を受容した.ひとつは運動の種類によらず生じる行動の状態に依存性の信号,あとの2つは歩行の際に特異的に生じる回転歩行の信号および直進歩行の信号である.計算モデルを用いることにより,これら3つの信号はそれぞれ独立しており,HS細胞において線形的に加算されることが示された.

2.歩行に特異的な信号は視覚とは独立してHS細胞に伝達される


 HS細胞は視神経からかぞえて4次の視覚神経であるが,これらのHS細胞の運動信号は視覚回路の上流から伝達されるかもしれないし,未知のまったく別の回路をとおしてHS細胞に到達するかもしれなかった.ショウジョウバエを用いる際のメリットのひとつである強力な遺伝学的なツールを用いて,HS細胞のすぐ上流の3次の視覚神経の活動を抑制した状態においてHS細胞から活動を記録したところ,行動の状態に依存性の信号は大きく減少した一方,歩行に特異的な2つの信号はおおむね維持された.この結果から,行動の状態に依存性の信号は視覚回路をつうじて,一方で,歩行に特異的な信号は未知の別の回路をつうじて,HS細胞に到達することが示唆された.

3.回転歩行の信号と回転歩行により生じるオプティックフローに対する応答は協調してHS細胞の活動を変化させる


 ここまでは,HS細胞の歩行に対する活動を視覚入力のない暗条件において計測した.自然環境においては,回転歩行に対する応答と,その回転歩行により生じるオプティックフローに対する応答は,協調してHS細胞の膜電位を変化させると推測される.これを検証するため,実際に視覚刺激装置を用い,回転歩行とは独立してオプティックフローを提示したうえでHS細胞から活動を計測した.つまり,ショウジョウバエはときとして回転の方向から予想されるとおりのオプティックフロー,また,ときとして回転の方向から予想されるのと反対のオプティックフローを受容した.暗条件において計測した回転歩行の信号の特性から推測されたとおり,オプティックフローに対するHS細胞の応答の方向に対する選択性は,オプティックフローの方向が回転の方向から予想された場合に増強された.

4.HS細胞における感覚運動の統合により自己の運動を推定する機能


 ここまでの過程において,HS細胞においてオプティックフローの信号と回転歩行の信号という自己の運動を推定する2つの信号が加算的に統合されることが明らかにされたが,この計算はどのように行動に結びつくのだろうか.遺伝学的なツールを用いて脳の片側のHS細胞のみを人工的に活性化させたところ,ショウジョウバエは球状のトレッドミルにおいて同じ側に回転歩行をはじめた.
 これらの知見から,HS細胞はショウジョウバエの直進歩行の軌道を制御するという仮説を提唱した.ショウジョウバエがある目的地にむかい直進している際に,歩行の軌道が右にそれたとしよう(図2).この身体の右方向の回転は脳の左側のHS細胞を脱分極させる.また,この右方向の回転により生じる左方向のオプティックフローは,脳の左側のHS細胞をさらに脱分極させる.脳の左側のHS細胞の脱分極はハエの左方向の回転を促す.この間に,脳の右側のHS細胞は過分極され,右方向の回転の指令は抑制される.この両側のHS細胞の活動レベルの差異により,ショウジョウバエは右側への歩行の軌道の逸脱を修正する.HS細胞において回転歩行の信号は回転の速度に比例し増加するため,逸脱は定量的に修正される.行動の状態に依存性の信号や直進歩行の信号は両側のHS細胞を脱分極させ,アクティブに動いているときやより速いスピードで直進歩行している際にHS細胞が回転の指令を送る閾値を下げるのかもしれない.



 また,この仮説は,これまで提唱されてきたHS細胞の主たる機能とは異なる新たな解釈をあたえた.生物は予期せぬオプティックフローを検出すると,網膜における視覚のずれを補正するようオプティックフローの方向に追従する.これは視運動反射とよばれる.HS細胞はこの視運動反射の誘発に関与すると考えられてきた.たとえば,飛行しているショウジョウバエが左から突然吹いてきた風により予期せず右に回転してしまったとき,左方向に流れるオプティックフローが検出される.すると,脳の左側のHS細胞が脱分極し,左方向の回転の指令を誘発して体軸の方向を補正するというしくみである.ここで,ショウジョウバエが自らの意志で右に回転した際はどうなるかという疑問がながらくもたれていた.この場合もショウジョウバエは左方向に流れるオプティックフローを検出することになるが,視運動反射が作動すると意図的に右方向に回転できなくなる.そこで,自らの意志で回転するという運動指令のコピー(遠心性コピー)が,オプティックフローに対する応答を能動的に相殺するのではないかという説が提唱された9).近年,実際に模擬飛行しているショウジョウバエが急速な回転をした際に,予想どおり,オプティックフローに対する応答を相殺する遠心性コピーの信号がHS細胞において見い出された10).しかし,今回の研究においては,歩行しているショウジョウバエのHS細胞において観察された回転歩行の信号は,むしろ予想されるオプティックフローに対する応答を増強するようにはたらいた.したがって,急速な回転をともなう飛行と直進しながらも回転の成分をともなう歩行では,同じHS細胞においても対照的な運動信号が作用するようであった.

おわりに


 予期せぬオプティックフローが視運動反射をつうじて行動に影響をおよぼすことについてはよく調べられてきたが,はたして,行動により生じるオプティックフローがつぎの行動の制御に寄与するのかどうかはよくわかっていない.今回の研究は,ショウジョウバエにおいてその可能性を示した.オプティックフローに感受性の神経はあらゆる生物種において発見されており,同様な感覚運動を統合する神経回路の機構は高次の生物種においても存在するかもしれない.また,行動しているショウジョウバエのHS細胞を介する神経回路の活動をより詳細に調べることにより,歩行により生じるオプティックフローがヒトを含めた生物の感覚入力の処理,運動制御,空間認識にどのような影響をおよぼすのか,さらに,脳はいったいどうやってダイナミックに変化する感覚と運動とを統合しているのか,という問いにヒントをあたえることが期待される.

文 献



  1. Warren, W. H., Kay, B. A, Zosh, W. D. et al.: Optic flow is used to control human walking. Nat. Neurosci., 4, 213-216 (2001)[PubMed]

  2. Angelaki, D. E., Gu, Y. & Deangelis, G. C.: Visual and vestibular cue integration for heading perception in extrastriate visual cortex. J. Physiol., 589, 825-33 (2011)[PubMed]

  3. Masseck, O. A. & Hoffmann, K. P.: Comparative neurobiology of the optokinetic reflex. Ann. NY Acad. Sci., 1164, 430-439 (2009)[PubMed]

  4. Scott, E. K., Raabe, T. & Luo, L.: Structure of the vertical and horizontal system neurons of the lobula plate in Drosophila. J. Comp. Neurol., 454, 470-481 (2002)[PubMed]

  5. Schnell, B., Joesch, M., Forstner, F. et al.: Processing of horizontal optic flow in three visual interneurons of the Drosophila brain. J. Neurophysiol., 103, 1646-1657 (2010)[PubMed]

  6. Joesch, M., Plett, J., Borst, A. et al.: Response properties of motion-sensitive visual interneurons in the lobula plate of Drosophila melanogaster. Curr. Biol., 18, 368-374 (2008)[PubMed]

  7. Chiappe, M. E., Seelig, J. D., Reiser, M. B. et al.: Walking modulates speed sensitivity in Drosophila motion vision. Curr. Biol., 20, 1470-1475 (2010)[PubMed]

  8. Seelig, J. D., Chiappe, M. E., Lott, G. K. et al.: Two-photon calcium imaging from head fixed Drosophila during optomotor walking behavior. Nat. Methods, 7, 535-540 (2010)[PubMed]

  9. von Holst, E. & Mittelstaedt, H.: Das reafferenzprinzip: Wechselwirkungen zwischen zentralnervensystem und peripherie. Naturwissenschaften, 37, 464-476 (1950)

  10. Kim, A. J., Fitzgerald, J. K. & Maimon, G.: Cellular evidence for efference copy in Drosophila visuomotor processing. Nat. Neurosci., 18, 1247-1255 (2015)[PubMed]


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著者プロフィール


藤原 輝史(Terufumi Fujiwara)
略歴:2013年 東京大学大学院情報理工学系研究科研究科博士課程 修了,同年よりポルトガルChampalimaud Centre for the Unknown博士研究員.
研究テーマ:脳が感覚情報と運動情報とを統合して適応的な行動を生成するしくみ.

M. Eugenia Chiappe
ポルトガルChampalimaud Centre for the Unknown主任研究員.
研究室URL:http://www.neuro.fchampalimaud.org/en/research/investigators/research-groups/group/Chiappe/

© 2016 藤原輝史・M. Eugenia Chiappe Licensed under CC 表示 2.1 日本