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ショウジョウバエにおいてステロイドホルモンは分泌小胞を介し分泌される

2015年11月26日

山中 直岐
(米国California大学Riverside校Department of Entomology)
email:山中直岐
DOI: 10.7875/first.author.2015.133

Vesicle-mediated steroid hormone secretion in Drosophila melanogaster.
Naoki Yamanaka, Guillermo Marqués, Michael B. O’Connor
Cell, 163, 907-919 (2015)

要 約

 一般に,ステロイドホルモンは脂溶性であり細胞膜の脂質二重層を自由に透過して分泌および吸収されると考えられており,われわれは,このことを無意識に受け入れている.しかし今回,筆者らは,昆虫のステロイドホルモンであるエクジソンは,前胸腺から分泌小胞を介する経路により細胞外に分泌されていることを示唆する知見を得た.前胸腺においてCa2+シグナル伝達系を阻害するとエクジソンが蓄積し,エクジソンにより制御される脱皮および変態のタイミングに異常が生じた.分泌小胞の輸送や細胞膜との融合にかかわるタンパク質を前胸腺においてノックダウンしても同様の表現型が観察されたため,Ca2+シグナル伝達系は前胸腺において分泌小胞の動態を制御することによりエクジソンの分泌を制御すると考えられた.実際に,前胸腺には分泌小胞と思われる構造が観察され,それらの分泌小胞にはエクジソンを輸送するトランスポーターが局在していた.こうした結果は,従来の常識に再考をせまるものであり,ほかのステロイドホルモンについても同様のしくみが存在するのか,今後,詳細な検討が必要である.

はじめに

 ステロイドホルモンはコレステロールに由来する一連の脂溶性ホルモンであり,植物から動物まで広く存在する.その機能は免疫応答や代謝制御から動物の性的な成熟の制御まで多岐にわたり,ステロイドホルモンの体内動態や作用機序を正しく理解することは基礎および応用の両面から非常に重要である.動物のステロイドホルモンは脊椎動物および無脊椎動物においてよく研究されており,とくに,哺乳類および昆虫のステロイドホルモンについてはそれらの生合成経路や受容組織における作用機序に関して膨大な知見の蓄積がある1-4).しかし一方で,内分泌腺におけるステロイドホルモンの生合成と末梢の組織における受容とをつなぐ重要なステップである内分泌腺からのステロイドホルモンの分泌機構については,まったくといってよいほど研究がなされていない.これはなぜかといえば,ステロイドホルモンは脂溶性であるがゆえ,細胞膜の脂質二重層を自由に透過し細胞外に単純に拡散すると一般に考えられているためである.しかし,実際に文献をあたってみると,ステロイドホルモンの全般について細胞膜を自由に透過することを示した研究は存在しない.われわれは,ごくかぎられた種類のステロイドに関するきわめて断片的な知識をもとに,ステロイドホルモンは細胞膜を自由に透過して拡散すると信じているにすぎないのである.

1.Ca2+シグナル伝達系は前胸腺においてエクジソンの分泌を制御する

 幼虫期の昆虫は前胸腺とよばれる内分泌腺においてステロイドホルモンであるエクジソンを生合成する4).エクジソンは脱皮ホルモンとよばれることからもわかるとおり,体液に分泌されたエクジソンは末梢の組織に作用して脱皮および変態のタイミングを決定する.ショウジョウバエを用いてエクジソンの生合成および分泌に関与する細胞内シグナル伝達系を研究する過程において,前胸腺においてCa2+シグナル伝達系を阻害したところ,幼虫の脱皮および変態の過程に異常の生じることが見い出された.具体的には,細胞に貯蔵されたCa2+の放出を担うIP3受容体を前胸腺において特異的にノックダウンした結果,幼虫期の複数の成長段階における致死性や,蛹への変態の遅延あるいは阻害による幼虫の大きさの肥大化といった現象が観察された.こうした表現型はエクジソンを投与することにより完全にレスキューされたことから,前胸腺におけるCa2+シグナル伝達系はエクジソンの生合成もしくは分泌において重要な役割をもつことが示唆された.
 エクジソンは前胸腺から体液に放出されたのち,20-ヒドロキシエクジソンにすみやかに変換され,この20-ヒドロキシエクジソンが核内受容体と結合することにより,脱皮および変態にともなう遺伝子発現の変化が誘導される.ショウジョウバエの前胸腺はきわめて小さく前胸腺のみを摘出することが技術的に困難であったため,前胸腺を周辺の組織とともに取り出したうえでステロイドを抽出し,エクジソンと20-ヒドロキシエクジソンとを高速液体クロマトグラフィーにて分離することにより,前胸腺に蓄積したエクジソンを間接的に定量した.その結果,IP3受容体をノックダウンした前胸腺にはエクジソンが異常に蓄積することが見い出された.この結果から,Ca2+シグナル伝達系はエクジソンの生合成そのものには大きな影響をあたえず,むしろ,その分泌を制御している可能性が示唆された.
 神経伝達物質やペプチドホルモンの分泌においては,これらのシグナル分子を含む分泌小胞と細胞膜との結合がCa2+シグナル伝達系により制御されることで,シグナル分子の分泌の量および時期が制御されている.エクジソンについてもこれと同様の制御が起こっていると仮定し,分泌小胞の輸送や細胞膜への融合に関与するタンパク質を前胸腺においてノックダウンした.その結果,IP3受容体のノックダウンと同様の表現型が観察され,Ca2+シグナル伝達系を介した分泌小胞の輸送および細胞膜への融合の制御が前胸腺のはたらきにおいてきわめて重要であることが示唆された.

2.前胸腺にはエクジソンのトランスポーターが局在する分泌小胞様の構造が存在する

 前胸腺において分泌小胞の細胞膜への融合にかかわると考えられたタンパク質のうち,シナプトタグミンは分泌小胞に存在しCa2+と結合して分泌小胞の細胞膜への融合を制御する5,6).このシナプトタグミンをGFPにて標識することにより前胸腺において分泌小胞を可視化したところ,実際に,前胸腺において分泌小胞様の構造が観察され,しかも,これらの分泌小胞はIP3受容体をノックダウンすることにより異常に蓄積した.この分泌小胞の蓄積はエクジソンの蓄積と連動しており,エクジソンが分泌小胞に取り込まれ,神経伝達物質やペプチドホルモンと類似した経路により細胞外に分泌されるという仮説と一致した.
 かりに,エクジソンは細胞膜の脂質二重層を自由に透過せず,分泌小胞に取り込まれたのち細胞外に分泌されているのであれば,それらの分泌小胞にはエクジソンを小胞に取り込むトランスポーターが存在するはずである.ショウジョウバエにおいては,エクジソンを受容する末梢の組織においてエクジソンを積極的に細胞外に排出することによりエクジソンに対する応答性を制御するABCトランスポーターの存在が知られている.この知見をもとに,このABCトランスポーターと同じサブファミリーに属するトランスポーターを網羅的にスクリーニングした結果,AtetとよばれるABCトランスポーターが前胸腺においてきわめて高いレベルで発現していることが見い出された.Atetを前胸腺において特異的にノックダウンしたところIP3受容体のノックダウンと同様の表現型が観察されたことから,このAtetがエクジソンの分泌小胞への取り込みに関与していることが示唆された.
 膜トポロジー予測プログラムを用いた解析および培養細胞を用いた実験により,Atetは通常のABCトランスポーターとは異なり,小胞の内腔側にATP結合部位をもつことが示唆された.この特徴的なトポロジーをもとに,培養細胞に由来する膜の画分を用いてエクジソンの膜間輸送を測定するアッセイ系を確立し,Atetのエクジソン輸送能を解析した.その結果,Atetは小胞の内腔側へとエクジソンを輸送する能力をもつことがわかり,分泌小胞を介したエクジソンの分泌のモデル(図1)を支持する結果が得られた.

figure1

おわりに

 われわれは,すべてのステロイドホルモンは細胞膜の脂質二重層を自由に透過するということを,なかば既成事実としてとらえている.しかし,今回の研究結果により,少なくともある一定の条件のもとでは,ステロイドホルモンは単に細胞膜を拡散するのでなく,分泌小胞に取り込まれてから細胞外に分泌されるという厳密な制御をうけることが示唆された.このモデルの解釈として想定されることのひとつは,哺乳類の性ステロイドなどに比べエクジソンにはより多くの水酸基が付加されているために親水性が高く,したがって,一般的なステロイドホルモンとは異なった挙動を示す可能性である.実際に,同じコレステロールの誘導体でも胆汁酸のように親水性の高い物質にはトランスポーターが存在する7).しかし,マクロファージからのコレステロールの放出にABCトランスポーターが必要であるという事実から考えても8),単純に基質の親水性あるいは疎水性という観点からトランスポーターの必要性の有無を論じることはできない.哺乳類を含めたほかの生物のステロイドホルモンにも同様のしくみが存在するのか,今後,先入観を排除したうえで詳細に検討する必要があると思われる.
 今回の研究成果から予測されるもうひとつの重要なこととして,分泌の過程と同様に,ステロイドホルモンの末梢の組織における細胞への取り込みにおいてもトランスポーターが必要である可能性がある.今回のモデルから予測されるこうした可能性をひとつひとつ丹念に検証することにより,この昆虫における発見にどれだけの生物学的な普遍性があるのか,おのずと明らかにされていくであろう.

文 献

  1. Ghayee, H. K. & Auchus, R. J.: Basic concepts and recent developments in human steroid hormone biosynthesis. Rev. Endocr. Metab. Disord., 8, 289-300 (2007)[PubMed]
  2. Huang, X., Warren, J. T. & Gilbert, L. I.: New players in the regulation of ecdysone biosynthesis. J. Genet. Genomics, 35, 1-10 (2008)[PubMed]
  3. Miller, W. L.: Steroid hormone synthesis in mitochondria. Mol. Cell. Endocrinol., 379, 62-73 (2013)[PubMed]
  4. Yamanaka, N., Rewitz, K. F. & O’Connor, M. B.: Ecdysone control of developmental transitions: lessons from Drosophila research. Annu. Rev. Entomol., 58, 497-516 (2013)[PubMed]
  5. Chapman, E. R.: How does synaptotagmin trigger neurotransmitter release? Annu. Rev. Biochem., 77, 615-641 (2008)[PubMed]
  6. De Wit, H., Walter, A. M., Milosevic, I. et al.: Synaptotagmin-1 docks secretory vesicles to syntaxin-1/SNAP-25 acceptor complexes. Cell, 138, 935-946 (2009)[PubMed]
  7. Dawson, P. A., Lan, T. & Rao, A.: Bile acid transporters. J. Lipid Res., 50, 2340-2357 (2009)[PubMed]
  8. Tarling, E. J. & Edwards, P. A.: ATP binding cassette transporter G1 (ABCG1) is an intracellular sterol transporter. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 19719-19724 (2011)[PubMed]

生命科学の教科書における関連するセクションへのリンク

東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部附属教養教育高度化機構自然科学教育高度化部門から公開されている生命科学の教科書 “A Comprehensive Approach To LIFE SCIENCE”(羊土社『理系総合のための生命科学 第2版』の英語版)における関連するセクションへのリンクです.

著者プロフィール

山中 直岐(Naoki Yamanaka)
略歴:2007年 東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程 修了,同年 同 研究員,同年 米国Minnesota大学Postdoctoral Associateを経て,2014年より米国California大学Riverside校Assistant Professor.
抱負:内分泌系を介して生物の成長や行動が制御されるしくみを広く明らかにしていきたい.

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